4月8日の日記一覧
2024年4月8日
子を保育園に送り届けたあと、喫茶店で朝食をとりつつあれこれおしゃべり。もう少し早く起きるようにしたい。というか、二度寝しなければいいのだけど。Xで見た、目が覚める動きみたいなのをしてみているが、効いているのかわからない。
妻に話したこと。端的にいうと「えらくなる」必要がある。社会的な地位ではなく、いまとは違う形でもひとに頼られるようなこと。よくわからないけど、たとえばなにかしらの審議員としてよばれるとかそういうことなのかも。ともあれ、違うコミュニティからの引き合い。
そういうことになんの意味があるのかをまだうまく言語化できていないのだが、これまでの蓄積みたいなところとは異なる文脈でもなんらかのプレゼンスを出せるようなことをしなければ、ということである。具体的には、エンジニアとかCTOとかではないところ。
ある雑誌で、松尾豊氏がハイソなサロンで談論風発みたいな活動をしているのが紹介されていて、立派だなあと思った。そういうところからAIについての理解を広げていくみたいなのをちゃんとやれるのは、大人という感じがする。本人が、単にそういうのが好きなだけかもだけど。
自分の場合は、力不足により周囲やコンテキストを同じくするところに多少なにかあるぐらいで、社会的なインパクトは無に等しい。そのことに対して、むしろ「のびしろ」を見出してやっていくべきなのではないか。そんなことを思うわけである。
そうなるためには、なにはなくともまずは本業で大きな成果を出すほかはなく、飛び道具的ななにかがあるわけではない。仕事をちゃんとして、世の中にインパクトをもたらすことが第一で、そう思うと当たり前の話なのだが、目標を「えらくなる」と定めることで違う話になりうる。
とか書いておきながら、別に「えらくな」りたいわけではまったくなく、むしろ面倒をできる限りさけて、好きなことをして暮らしたいだけなのだが。ただ、それだとこの先ないよなあと思ったりもするわけで、そんなら馬鹿みたいにわかりやすいコンセプトをかかげるのがよかろう。
2023年4月8日
微妙に首こり。ロキソニン。
「鳳凰祭四月大歌舞伎」のため、歌舞伎座へ。昼の部の「新・陰陽師」を観る。スーパー歌舞伎的な派手な展開になるのかと思いきや、古典的な演出盛りだくさんで、ところどころでくすぐりを入れてくるが、落ち着いた展開。「暫」ネタで市川猿之助が花道から登場するかと思いきや、突如として舞台中央に現れるという展開に、会場がどよめいた。猿之助による蘆屋道満は、作者の夢枕獏氏もピッタリという通り、ハマり役。
花形から若手の役者で揃えているのもいい。坂東巳之助の将門は、生きているうちから怨霊的な恐ろしさがあったし、大蛇丸を演じた中村鷹之資の溌剌とした演技は、大きな印象をもたらした。とりわけ良かったのは、尾上右近と中村壱太郎の絡み。花道での引き際に、怨霊的な存在と化した二人の踊りというか絡みというかが行われるのだが、それが素晴らしい。特に壱太郎の表情、躍動感に、思わず涙が溢れた。
三越に入っている鶴屋吉信で、お土産のお菓子を買う。その後、お茶しながら、プリントアウトした論文を一通り読んで、赤入れ。
Kの実家へ。数日ぶりにリトルKに会う。その間に、かなり社会的微笑に近かろうと思われる笑顔が多く出るようになっていて、驚く。そのためか、顔つきもずいぶんはっきりしてきている。ひとしきり遊ぶ。その後、夕食をご馳走になったり、テレビを観たり、リトルKの世話をしたり。論文を進めようとしたが、寝ついたと思いきや5分ほどで起きてきたりして、ほぼ進まず。
今日のブックマーク
- 2304.00612v1 Eight Things to Know about Large Language Models
- hey-pal/toolkit-ai: AI-agents that automatically generate and use Langchain Tools and ChatGPT plugins
- 落合渉悟が構想する、クリプトと公共をつなぐDAOの実験:なめらかな社会へ向かう6つの対話 #1 | WIRED.jp
- ChatGPT Plugins開発
- 【ChatGPT】個人的お気に入りプロンプトまとめ
#日記 #4月8日
2022年4月8日
朝方、またくしゃみが出てきて起きてしまう。昨日、夕方ごろに抗アレルギー剤を2錠服用したんだけどなあ。もう1錠追加で飲んで、また寝る。困ったものだ。それで、今日もまたちょっと寝過ごしてしまう。しかし、起きた後は頭が回る感じで、Re1. エンジニアの生産性 作成者:EM . FM #EMFMを聴いて感心した「生産性」概念を自社の文脈で使いやすいよう整理したりした。その前提が以下のチャート。ここから、社内の経営管理の各種仕組みに文脈付けして整理した。
その後、ミーティングや面接など。さらに、エンジニアミーティングで、上記した生産性概念と、社内での取り組みについて話す。まだチャートしか書いてないので、話したことを文書に起こしておくのが次のタスク。さらに、少し時間をとって研究のことをする。iPadにApple Pencilでメモをあれこれ書き出してみると、書こうと思っていることが整理されて進んでいく。やり始めさえすればすんなりいくんだよなあ。週末はTeXを書き始めるところまで持っていくのと、実装をやろう。
その後、ジンギスカンのお店で夕食。ラム肉をガッツリ食べたい気持ちがずっとあったので。しかし、その前に少しおやつを食べていたせいもあってか、ちょっとお腹いっぱいになり過ぎた感じがする。研究やWeb3関連、仕事のことなどあれこれと話す。
関山和夫『説教の歴史―仏教と話芸』を注文した。昨日観て衝撃を受けた節談説教のような、仏教における説教の語りが、落語や講談などの話芸の基礎となったという説を唱えている学者の本。落語の祖と言われ、『醒睡笑』をものした安楽庵策伝も、お坊さんで、かつ「安居院流の流れを汲む説教師であった」(Wikipedia: 節談説教)ということで、説教からの落語の流れというのは、どれほどのことかはともかく、確かにあるようだ。
また、喜熨斗勝『歌舞伎 芸と血筋の熱い裏側』をKindleで買って読み始めた。この著者の方は初代・市川猿翁さんの甥っ子の方。そういうこともあって、古くからの梨園事情に詳しいということなのだが、文章がややカマし気味なのもあって、話半分で読むぐらいがいいように思う。
2021年4月8日
版元への直接の予約注文をしていた『情報の歴史21: 象形文字から仮想現実まで』が届いた(Amazonでは、現時点ではまだ「予約受付中」のステータスになっている)ので、少しめくってみた。1995年の刊行以来26年ぶりにアップデート。当時読み込みまくったこの本をまた新たな気持ちで読めるのはとても喜ばしいことだ。
明日の講義スライドを作らないとなあと思いつつ、昼は普通に仕事をしてあっという間に夜になり、それでもなかなかとりかかれずにいたところで、Twitterを眺めていたら、Axonという名前でElixirによるディープラーニングフレームワークが発表され、テンションがぶち上がった。2月に発表されたNxというライブラリの上に、ディープラーニングに使いやすい道具立てをそろえた感じのもの。自分自身でもそういうのがほしいと思って少しやりかけたこともあったが、力及ばずに断念していたのもあって、とてもうれしい。
それで気分が盛り上がってきて、ようやくスライドにとりかかる気持ちがわいてきた。と書いてもつながりが不明なように思えると思うのだが、ここしばらくいろいろとやる気が乏しくなってしまっていたところに、技術の面白さを喚起してくれるようなできごとがあって、とにかく全般的に気分が盛り上がってきて、急激に前向きになったという感じ。
スライドの構成をメモしたりしているうちに、大学院の面接試験のことを思い出したりした。20年以上前に法学部出ただけだからちゃんと勉強できるのかを確かめるためにききますが、みたいな感じで、学部の頃の専攻の内容についてあれこれ質問されて、研究計画とかガン無視されてつまらん質問されまくったの根に持ってるから、成績ちゃんと優とりまくってるという話。それでまた、自分の中で闘志のような気持ちが湧いてきて、とにかくやっていく!という気持ちになってきて、スライドも一気に書き上げることができた。
2020年4月8日
日々なにかしら起こってはいるのだろうけど、日記をその日につけていないと、あとから書こうとしたときにその日のことを全然記憶していないという度合いが、以前より増している。
来週、リモートで講義をする機会が3つほどあり、そのための準備をしないとならないのだがどうにも乗らない。大学院での研究発表に際して、個人としてのスライドを作る機会もあろうかと思い、スライドのテンプレートをいじったりして時間がどんどん過ぎていく。
2019年4月8日
引っ越しなどもあり生活リズムが乱れてしまったので、休肝日の導入とジム通いの習慣をルール化することで、立て直していく。とりあえず、こんな感じでやってみよう。
- 金土日: 飲む
- 月: 休肝日+ジム
- 火水: 飲む
- 木: 休肝日+ジム
飲むのは、もちろんワインで、そっちはそっちでワインエキスパート試験のためにも飲まなければならないのである。とはいえ、ある程度飲んだことで、これまでのように発散的にあれこれ飲む時期は過ぎただろうので、ちょっと絞っていく。
というわけで、夜はジムへ行って軽く有酸素運動した後、戻ってちょっと仕事の残りをして、あとは帰宅してから酒を飲まずにあれこれ引っ越しにともなう雑事を片付けたり。
2018年4月8日
根津神社へ、つつじ祭りを観に行く。まだ全然咲いていないだろうと思っていたのだが、早咲きのものもたくさんあって、壮観。つつじがこんなによいものだとは知らなかった。咲いているのももちろんよいのだけど、もうすぐ咲きそうなつぼみもまたかわいらしくてよい。
鷹正で蕎麦と日本酒。んでもって、ル・クシネでシュークリームなど。そこから歩いて上野公園方面へ。藝大のPn -Powers of PLAY-展を眺めた後、上野公園を散歩。東京文化会館をうろうろしていたら、4階に音楽資料室みたいなところがあるのを見つけ、いってみる。本、CDやDVD等充実していて、めちゃいいところ。音楽を聴きながら、『フルクサスとは何か?―日常とアートを結びつけた人々 (Art edge)』を読む。
戻って、『ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門 アートが社会と深く関わるための10のポイント』を読む。いわゆる参加型アートというものにあまりいい感情を持っていないのだが、クレア・ビショップの『人工地獄』(まだ読了できていないが)によって可能性を知らされたところ、この本もそういう感じの認識をもとに、アーティストとして実践している著者が、陥りがちな穴について解説した本。啓発的。ただまあ、それでもやはり、よくわからない面はあるのだけど(なぜアートとしてそれをやる必要があるのかとか)。
2017年4月8日
11時頃まで寝ていた。起きて準備をして、世田谷美術館で行われている「花森安治の仕事 - デザインする手、編集長の眼」を見に行く。花森安治自体にそれほど興味があるわけではないのだが、展示は非常に素晴らしかった。
花森もスタッフとして関わっていた大政翼賛会の、節約のための合理性をうたうポスターを眺めていて、革新官僚たちの合理性への思惑がこういう形で社会に影響を与えることとなったことと、戦後の「暮しの手帖」的な合理性というのは地続きなんじゃないかという思いを持った。一方で、それと花森のスタイリングへの傾倒というのがどういう理屈で両立していたのかはよくわからない。
「暮しの手帖」の表紙が並べられているのを眺めていると、花森の絵が使われずに写真を用いることの多い第2期のものが、めちゃめちゃ洗練されたデザインで、ずっといいと思う。品のいい、真に尾形光琳的な琳派というか。それを見ていて、金井久美子さんの、金井美恵子さんの本への装丁を思い出す。
渋谷へ出て、書店で『ゲンロン0 観光客の哲学』を書い、ルノワールで読む。「観光客の哲学」というのが、著者が近いものといいつつ批判するマルチチュード論よりどのようによりよいものなのかあまりよくわからないのだが、ローティ的な文脈において読むならば、それはそれとして賛同はできる。ただ、それが観光産業の称揚とどう違うのかもわからないのだが。
続けて、『ラップは何を映しているのか――「日本語ラップ」から「トランプ後の世界」まで』を読む。