2024年9月10日

注文してあった四方田犬彦『摩滅の賦』が届いたので読み始める.冒頭から引き込まれる.まさに頭脳も身体も「摩滅」しつつある自身であるが,それもまた悪くないのかもしれないと思わされる.それにしても,この本は四方田氏の作品の中でも随一のものであると思われる.

「摩滅」ということでなにか作ってみようと思って,シャワーを浴びながらこんなことを考えた.すなわち,スマートフォンに石の画像を表示し,それを指で摩るたびに少しずつピクセルが融解していく.そのひと摩りごとを,Ethereumのチェーンに記録していくというような.

少しずつ摩滅していく様子を表現するには,ディスプレイの解像度というのは頼りない.色調を変えることでより階調の細かな摩滅ぶりを表現できるかもしれないが,どのようにすればうまくやれるか,心許ないという感じがする.何か確率的な操作を必要とするだろう.

Ethereumに記録していくというのは,悪くない方法だろうと思う.現時点においてそれは,情報的存在の中では最も永遠に近い.数百年かけて摩滅していく「モノ」を表現することだって可能ではあろう(現実には画像処理を施すには心許ないところはあるのだが).

とはいえ,そもそもEthereumという存在そのものが,そのスケールにおいて「摩滅」するべき「モノ」そのものであり,ここで述べたようなことは屋上屋を架すようなことであるのかもしれない.未来の人々が,チェーンに記録されたガラクタに,時の流れを感じる日が来るだろうか.