9月10日の日記一覧
2024年9月10日
注文してあった四方田犬彦『摩滅の賦』が届いたので読み始める.冒頭から引き込まれる.まさに頭脳も身体も「摩滅」しつつある自身であるが,それもまた悪くないのかもしれないと思わされる.それにしても,この本は四方田氏の作品の中でも随一のものであると思われる.
「摩滅」ということでなにか作ってみようと思って,シャワーを浴びながらこんなことを考えた.すなわち,スマートフォンに石の画像を表示し,それを指で摩るたびに少しずつピクセルが融解していく.そのひと摩りごとを,Ethereumのチェーンに記録していくというような.
少しずつ摩滅していく様子を表現するには,ディスプレイの解像度というのは頼りない.色調を変えることでより階調の細かな摩滅ぶりを表現できるかもしれないが,どのようにすればうまくやれるか,心許ないという感じがする.何か確率的な操作を必要とするだろう.
Ethereumに記録していくというのは,悪くない方法だろうと思う.現時点においてそれは,情報的存在の中では最も永遠に近い.数百年かけて摩滅していく「モノ」を表現することだって可能ではあろう(現実には画像処理を施すには心許ないところはあるのだが).
とはいえ,そもそもEthereumという存在そのものが,そのスケールにおいて「摩滅」するべき「モノ」そのものであり,ここで述べたようなことは屋上屋を架すようなことであるのかもしれない.未来の人々が,チェーンに記録されたガラクタに,時の流れを感じる日が来るだろうか.
2022年9月10日
明け方に目が覚めてしまい、しばらく眠れず。ちょうど朝日が東の空から上がってくるところで、大きな太陽がゆらゆらしているのは、壮観である。その後、二度寝したのちも眠りが浅かったが、10時過ぎに起床。
[[Googleカレンダー]]に、休日の予定も入れるようにしたらどうかと思い、やってみることにした。普通の意味での予定があることもあれば、そういうことではなくて、この時間はこれをすると決めて書き込んでおくということもある。土日もそういう感じであらかじめ決めておけば、だらだら過ごしてしまうことも少なくなるのではないか。また、そういう感じでやっていかないと、物事がこなせなくなってきたということもある。しばらく続けてみよう。
そんなわけで、論文の査読コメントへの回答書に対するレビュー対応。本質的であるがゆえに価値は高いけど回答難易度が高い査読コメントに対してなんとかひねりだした回答と論文修正があったのだが、共著者から見てもやはり弱さがあり、指摘してもらった。ありがたし。それでもう一度よく考えてみたら、そもそも最初に思っていたことからだいぶ勇み足な回答をしてしまっていたせいで、いいたいことがズレていた。落ち着いて頭からやり直して、あらためて回答と修正を書いた。
散歩に出て、お茶しながら英語の勉強。とはいっても、いまさらやれることもなく、[[TOEIC]]の前日に何をやるといいかということを解説した動画をいくつか観る。あまり目新しい情報はなかったかなあ。ともあれ、時間配分をあらかじめ決めておくことだけはやっておかないと。Part5は何分ということではなく、何時何分までという決め方。その後は、英語動画を眺める。Ali Abdaalという方が、話し方や内容において良さそうだったので、観ていこうと思う。
続けて、[[Dr.ストレッチ]]へ。今日で3回目。前回と同じ女性の方が担当についてくださった。今回は下半身周りを先にやってから、肩甲骨周り。下半身については、自分でも継続的に[[ストレッチ]]していたこともあって、相対的に柔軟な方なんだろうと思う。上半身は、相変わらず硬い。前回よりはマシになったとはいうが、あまり動いている感じはしない。しばらく続けないとダメだろうなあ。自分ではなかなかできないし。それにしても、ストレッチはいいなあ。多幸感がある。
夕食は、[[麻布十番]]の焼き鳥屋さん(と書けば、自分ではあそことわかることになっている)。前に訪ねた時から気づけば1年ぶりということで、驚いてしまった。そんなに来てなかったのか。今日もまた、最初から最後まで美味しい。ご主人も元気そうで、安心した。お土産もいくつか持って帰ることにして、家で食べるのも楽しみである。その後は、蔦屋に寄ってひとまわりした後、帰宅。[[箭内博行]] 『ニッポン 離島の祭り』を購入。島嶼地域の地理・文化をあらためて勉強していることもあってのこと。
明日の試験を控えて模試を少しやろうかなとも思ったが、眠くなってきたし、さっさと寝る方がマシだろうと思ったので、そうする。少しは対策をやろうかと思いつつ、結局やれたのは問題集を少しと、YouTube動画を観ることぐらいだったなあ。
今日のブックマーク
- 2012.05208 On the Binding Problem in Artificial Neural Networks
- Tetsuro MiyatakeさんはTwitterを使っています: 「VCが選ぶ、期待しているWeb3企業 (1) ・Art Blocks:NFTマーケットプレイス ・Bittensor:機械学習モデルを共有する分散型ネットワーク ・Blockdaemon:ブロックチェーン開発のインフラ ・Cion Digital:フィンテック企業が仮想通貨を導入するためのツール ・Clutch:クリプトウォレット」 / Twitter
- [ああああさんはTwitterを使っています: 「QuizKnockどんな問題作ってんねん。 そして灘高校も開成高校もなんでわかんねん… #高校生クイズ](https://t.co/r1trBGBwWE」 / Twitter https://twitter.com/reclamatio_n/status/1568205773293092865)
- 「なまり矯正」アプリはイノベーションか、標準化差別か | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)
- 大学以外で言語学を勉強する方法|長屋尚典|note
- 手話言語学・研究者向け情報
#日記 #9月10日
2021年9月10日
朝、CTO協会の社員総会(会社法人における株主総会に相当)と、それに続く理事会。引き続き、2年間の任期で理事をやることになった。というのと、協会のコミュニティに関するもろもろの担当を拝命することになった。こっちはこっちでもっとやっていかねばなあ。
昼食は、久々に外食。近所の、気になっていた洋食屋さん。オムハヤシライスを注文。また、牡蠣があったので、生とフライを注文した。しかし、この牡蠣がだいぶ酷いもので、見た目もヤバいし、食べてみるとなんか武にぶにする感じでフレッシュさもまったくない。それでだいぶ意気消沈してしまって、オムハヤシもあまり美味しく感じられなかった。そのせいで、昼食後の1時間ぐらいは、気分が落ち込んだ。
眼科へ行くために、仕事を早めに切り上げる。眼鏡をかけたままVRのためのHMDを装着するのがかなりしんどいので、「最近買ってよかったもの:VR体験がめちゃ楽になるOculus用レンズ 」という記事にあるようなOculus用のレンズを注文するために、眼科の処方箋が必要なのであった。しかし、デバイスに特化したレンズを買うよりも、そもそもコンタクトレンズの方がいいのでは?という気分になり、コンタクトレンズ屋さんで相談することにした。
10年ほど前に、試しにコンタクトレンズを買ってみたのだが、ハードレンズのせいなのかごろごろする違和感に全然慣れることができず、ほとんど使わずじまいだった。視力が悪いのと乱視とでソフトは無理なんだと思っていたのだが、きいてみると矯正能力的にはハードの方がいいけど、ソフトでもいけないことはないようだ。そんなわけで検査やらなんやら終えたのちに、シリコン製でいいらしいというレンズをつけてみると、全然違和感がないのによく見えることに驚く。これなら普通につけられるなあ。
書店で、ドミニク・チェン『コモンズとしての日本近代文学』、「アイデア No.395 2021年 10月号」、「AXIS(アクシス) Vol.213 (2021-09-01)」を購入。「アイデア」誌は、ゲームの話なんだろうとは思うけど、最近自分自身もVRを少し始めたりもしているので、いいタイミングで刊行された感じ。
この2日ぐらい取り組んでいた、WebSocket経由でVR外のデータを取得してVR内に画像を貼り込む形で反映させる件が、ようやく進んだ。3Dモデリングについて何もわかっていなくて、画像を貼ることすらできなかったのだが、ちょっと理屈がわかってきたので「その理屈でいえばこうやったらできるのでは?」と考えた通りにやってみたらうまくいった。うれしい。そもそも、もうちょっと基本を勉強しないとだめそうだなあ。
夕食を食べながら、NHKプラスで「逆転人生」を観る。Senbei Brothersというせんべいブランドの話。引き継いだせんべい工場を、兄弟で建て直した話。とりあえず、食べてみたいものだ。
Windowsでも開発できるようにするべく、WSL2を入れてみようとしているところ。なんか、昔と違ってアカウントまわりも複雑だし、いろいろと大変だなあ。
2020年9月10日
朝、起きるとやっぱり首凝り。そんなに痛くはないのだが、首まわりが張ってる感じで、よくない感じ。
首凝り解消のためにも筋トレしようというわけで、昼休みにさっとジムへ。肩や首周りの種目を主にやる。また、先日から10分ほどの開脚ストレッチの動画を観ながら真似るというのもやっているのだが、硬すぎてインストラクション通りにやることができない。続けていれば柔らかくなるもんなのかなあ。昔から硬かったから、柔軟性の高い状態というのがイメージできない。
数ヶ月前にもiPadのディスプレイを割ってしまってApple Careを使って交換してもらったのだが、またひび割れが入ってしまった……。有効期限が10月までなので持っていったところ、2回目でも交換できた。よかった。もう割らないように、これからはずっとケースにいれて使うことにしよう。余計に重くなるからいやなんだけどなあ。
筋トレして首凝りが治ったかと思ったが、やっぱり痛みが再発。急ぎでやらなければならないことがあったので終わらせたあたりで、疲れもきてぐったりしてきたので、2時間ほど寝る。しかし、起きたら余計に痛みが増している感じで、ロキソニンを飲む。本格的にどうにかしなければというわけで、整体を探すことにした。また、睡眠の質をトラッキングしようと思ってWithings Sleepを注文した。ふだん、仰向けに寝るより体を横向けにして寝るほうが寝入りやすいのだが、そのせいで首に負担がかかっているようにも思う。そのあたりも改善したい。
たまにレンタカーで首都高を通る機会があるが、たまにしかないので全然憶えられないからシミューレーターみたいなので練習したいと思っていたら、友人から「Assetto Corsaの首都高MODの使い方解説&高画質化したらマジで実写かと思った | おっさんゲーマーどっとねっと」を教えてもらった。まさに望んでいるものそのものだ。Windowsでしかできないみたいなので、この際Windowsにも再入門してもいいのかも?とか思ってドスパラでGALLERIA ZA9C-R80Tを眺めたりしていた。しかし、近く発表が噂されている新しいApple Watchも買うだろうし、無駄遣いしてられないと思い直して、そっとタブを閉じた……。
IMA Vol.33を眺める。写真を撮る立ち位置やオルタナティブな写真史についての特集なのであるが、それを紹介するこの雑誌そのものがかなり高級志向なものであって、その辺のギャップというのはどう考えたらいいのだろうか、みたいなことを思ってしまう。
2019年9月10日
朝、歯医者。今日で1年数ヶ月かかったもろもろの治療がひととおり終わり。
もっともっと頭を使って、新しいこと、面白いことをやっていかないとなあ。いまの自分にはどうやったらいいのかよくわからないにも関わらずやらなければならないこと・やりたいことはたくさんある。そういうのを全部やっていくのだなあ。
自分がやりたいのは、もちろん技術を用いた価値創造なのだが、その手法としては事業を通じて価値を届けるというところまでやりたい。個別の要素ではなく、事業という総合。技術も経営もどちらもやる。
夜はK君とモフームでシーシャしつつあれこれ話した後、目黒のバルピパルに移ってネパール・インド料理とスーラ・ヴィンヤーズのワイン。相変わらず、素晴らしいマリアージュ。
行き帰りの移動中は、歩いているときはポッドキャストを聴き、電車内ではDuolingoをやるようにした。ポッドキャストは、あたらしい経済ニュースとNHK World Newsを聴いていて、Duolingoはイタリア語の初歩からやっているところ。
SPGアメックスのカードが届いたので、そちらに支払いを集中していく。
2018年9月10日
土曜日の夕方にやった筋肉体操による筋肉痛がヤバイ。あれ、実際かなりきついもんなあ。てか、ジムになかなかいけてないのだけど、家で普通に自重トレするだけで追い込めるし(懸垂マシーンもあるとなおよし)、解約しようかなあ。
2017年9月10日
足の治療院で紹介された靴屋(ヴィクトリア)へ行くために、神保町へ。言われるがままにランニングシューズを買う。その後、せっかくなのでってんで、駿河台の坂道を散歩。
観音坂かわいい pic.twitter.com/0axqGxIUEn
-- kentaro (@kentaro) September 10, 2017
2015年9月10日
昨夜、3時過ぎまでAppleの発表を見ていたこともあり、今朝はなかなか起きられなかった。メディテーションも眠くて全然集中できず。
インターン生がきているので、昼は彼らとランチに。若い人々には色んな可能性があってよいものだなあと思う。
帰宅して、夕食を作成。ポテサラ、にゅうめん、きゅうりの浅漬け、納豆かけ豆腐、昨晩の残りの秋刀魚の炊き込みご飯。
村上春樹さんの新刊『職業としての小説家』を読む。ずいぶん率直にいろんなことについて書いていること、小説家という職業の良さについて明確に述べていることに、面白みを感じる。もちろん、いつもの通り、「僕は思うのだけど」「個人的に」という調子なのだけど、ちょっと踏み込んで書いている感じがする。
村上春樹さんの本は、少なく見積もっても2/3ぐらい読んでいると思う。好きかどうかといわれると、それはどうなんだろうとは思うけど。本をあまり読まない(月にせいぜい数冊とかの)ひとのことは知らないが、それなりの数の本を読んでいると、好きかどうかだけで本を読んだりはしない(とはいえ、単なる必要性とか教養のためとかで読むわけでもないし、もちろん好きな書き手はいるけど)ので、そういう感覚ではない。
たとえば、なんらかの知識に関する羅列があるとして、その中で自分の知っていることのみをことさら取り上げるという行為を、自分ではしたくないと感じる。自分の経験上、多くの場合は、知らないことをノイズとして(無意識のうちに)スルーした結果そうなるということだと思っていて、そういう無自覚な行為が好きではないということだ。
いろんなことに対してそういう感覚を持つことがよくあって、それはつまりスタイリッシュであるということなのだけど、それは単に「スタイルがある」という端的な事実であり、特にポジティブな意味ではない。それに、「スタイル」というとなんかポジティブな感じだけど、単に意固地だということであるかもしれない。しかし、自分が大切に思っている領域では、絶対にダサいことをしたくないと思う。
ただまあ、そういうのは分野によることで、たとえばわかりやすいところでは、自分自身の見た目とか着るものについてはとてもじゃないけどスタイルがあるとはいえない、単純に自堕落な態度であるし、そういうのがよくないと思うこともあるけれども、全部についてスタイルを持ち、かつ、それを維持するほど気力があるわけでもないので、しかたない。多かれ少なかれ、たいていのひとがそうだろうと思う。