2025年4月11日

7時間ほど寝たからか、体調が少し回復した感じがする。

歩きながら、気の持ちよう的なところで、ちょっと逸り過ぎているというか、余計な前提が多過ぎるなということに気づいたので、キャリブレーションした。もうちょっとそういう機会を多くとる方がいいのかもしれない。

機内では『ベトナム語が1週間でいとも簡単に話せるようになる本』を聴く。まずは音になれるために、音源を一通り流してみる。先日から中国語を始めたので声調の違いが面白い。ベトナム語の声調は他の言語から入ったものではなくて、内在的に発生してきたものなのだという。人間の言語における音素の弁別方法の多様性は面白いものだなあ。

そういや先日、比較言語学者の大山祐亮氏が「『白水社の本棚』2025年春号」に寄せていた「独学のススメ」という文章が面白かった。曰く、勢いよくやっていくと進歩していることに対する大きな満足感が得られるが、独学の継続にはそれがよくないと。継続的な学習において常にそれだけの進歩が得られることはないのだから。

そうだよなあ、自分などはそのような快楽へのジャンキーだから、かえってなんでも中途半端にしかできないのだよなあと思う。しかし、かといってコツコツ継続もできない。というわけで、先日からやっているのが10言語を同時並行でやるということ。これならちょっとずつ続くし、満足も少しずつ多方面で得られる。これなら継続できるのではないか。

というか、言語習得において満足を得られるほどの進歩を感じたことなんて、これまでまったくなかったのではあるけど。

出張から帰ると、Kにだいぶ疲れているねといわれる。リトルKはやっぱり「ママ、ママ」といっている。今日は早く寝よう。明日も早いし。