2025年6月19日
通勤時に、2025年6月16日に書いた内容についてまた新たに考えていた。
日本語は、名詞は格助詞をつけていくけど、動詞は活用する。動詞についても活用しないで接辞によって意味を追加していく言語ってあるんですか?とChatGPTに訊いたら、トルコ語やハンガリー語、いまやってる韓国語などがそうだといわれた。動詞の語幹が全く変化しないというわけではないようだが。
母語の日本語はあまりに自然であるために、文法を意識できない。そうなると、英語のような言語の文法が「典型」のように思えてしまう。そうでないのは頭ではわかってるが、学習過程においては、先日書いたように、なんかとっつきづらいなという感覚によって「偏見」が露呈する。そういうことなのだろうという自覚を得た。
韓国語と日本語は似てるから簡単みたいなのは、その学術的な当否はともかくとして、個人的には全然ピンときておらず、先日から書いているように、むしろ難しいんじゃないかと思っていた。母語の能力がよい方向で影響すれば「簡単」であり得るが、この場合は第二言語が干渉してということなのかもしれない。
日経クロステックに「一手間加えてDifyの実力を引き出す、GMOペパボ・カカクコム・リコーの挑戦」として、取材された記事が掲載された。また、以前会社で出願していた特許が2件登録されることになった。一つは単著、もう一つは共著。とりあえずプロフィールページや研究所の実績ページなどに記載しておいた。
仕事しながらILLITの新EPを聴いていた。圧倒的なキラキラ。
今日も夕食をとりつつ「どうぶつ奇想天外」を観る。
WEEKLY OCHIAI シーズン5 | 生きる、流れる、千葉雄喜。を観る。いつもの感じの千葉氏で、落合氏もやややりにくそうにしている感じがしたが、「人類が見たことのないものを作りたい」と落合氏がいったのに大きく反応していて、仲間としての感覚を得ていたのが面白かった。ロサンゼルスに転居してグラミー賞を目指すのだという。楽しみである。
『英語語源ハンドブック』が届いた。ぼちぼち読んでいこう。