2025年8月19日
従姉妹の家へ出かけるKとリトルKとを駅まで送る。そこから渋谷へ。お腹が空いたので、コンビニでサンドウィッチとおにぎりを買って食べる。目当ての店があったのだが、看板が微妙な感じだったので嫌な予感を覚えて、立ち寄らなかった。
「コテンラジオ」の鑑真の回を聴きながら歩く。天台宗開祖の慧思が聖徳太子に生まれ変わったという確信を得たとか、長屋王が中国に袈裟送ったのに「国は異なるが天は同じ。袈裟を僧侶に寄進し縁を結ぼう」(鑑真招いた「来縁」の袈裟 唐招提寺(もっと関西) - 日本経済新聞)という内容のことが書かれていたとかそういうことで「縁」を感じて、鑑真は渡航を固く決意したという話で、感極まる感じを覚えた。
以前ドンキホーテがあったところにしばらく前に建てられた道玄坂通のそばを通ったので、入ってみた。ずいぶん閑散としている。ユッケビビンバをいただく。
お茶しながら『斜め論: 空間の病理学』を読む。さらに場所を変えて、スタバで続きを読み、読了。垂直的な「おしつけ」から水平的な連帯へ、さらにはややもすれば水平が齎しかねない「よこならび」から「斜め横」への主体化という補助線を引くという議論は、とてもアクチュアルだし、わかりやすい図式でもある。一方で、実際のところの人間や社会というのは超多次元空間で、そこには自明な水平も垂直もないのではないか。しかし、ひとはそのようや無方向性には耐えられない。だから、そこに時折「これこそが正しい軸である」という方向が持ち出され、熱狂的に支持されることになる。本来的に無方向な超多次元空間に、何か特権的な次元を設定するわけである。
そうした事態は、これまでは思考の上で認識されることに過ぎなかったが、現代ではまさに個々人の「特異性」を情報空間上の超多次元空間にマッピングすることで、具体的に実体化している。もちろん、超多次元といっても、その内実は資本主義に資するようにあらかじめ方向づけされているわけだが。……というような認識自体が古めかしい話だとは思うのだが、この本ではそれよりもっと素朴な話がなされていて、ちょっと肩透かしだなとは思えた。「斜め横」とかいってる場合ではないように思える(何に対する「斜め」なのか)。しかし、ひとは超多次元を認識できないのだから、斜め横ぐらいがイメージとして現実的なんだろうという気もする。
そんなことを思っていたら千葉雅也氏が上記のようなポストをしており、予見的だと思われた。「極右と極左が一致する」とはつまり、超多次元空間における特定の次元を特権化するという非自明な手続きという意味で「一致する」ということだとこの文脈では解釈できる。これは垂直・水平自体が無化された、規範なき時代における現況を「加速主義」的に見た話ではあるが、たとえばこういう予言ともつながる。ただ、それに対して「では規範を」とか「水平的な関係」をといってもなあ、という思いがある。もちろん、それは大事だとは思うのだけど。というあたりで、今後の考え方の方向性が見出された感じもする。
帰宅して、昨晩の日記を書く。KとリトルKが帰ってきたが、Kは歌舞伎を見に行くために夕食を作って出かけて行った。リトルKと遊んだりご飯を食べたりする。途中、明後日のイベント登壇の打ち合わせをする。リトルKがしばらくぐずっていたが、ほっといたら一人でシールをノートに貼って遊んでいた。希望により、せなけいこ『おばけのてんぷら』を読み聞かせる。本当にすごいストーリー。リトルKはおばけが好きみたいだけど、いたずらをした時におばけが出るというと、怖がる。
技術者界隈で話題の菊田遥平『原論文から解き明かす生成AI』を購入して読み始める。丁寧な解説がありがたい。
韓国語、フランス語単語暗記ルーティンを1日だけやって、昨日はさっそくサボってしまっていたことに気づいたので、寝る前に1時間ほど書き写し。やってる間に明後日のイベントの発表内容についてのアイディアが出てきたので、ChatGPTと相談したりする。
