202410月24

6時間以上寝たのだが,体が重い.「ドリエル」がやっぱり合わないのかもしれない.眠いことはあっても,こんなにも体が重いことはこれまであまりなかった.昼頃まで頭も全然回ってない感じで,いいたいことをうまくいえなかったりもした.以前メラトニンを試した時と同じような感じ.そういうのは合わないのかもしれない.服用を止そう.

Billleの新EP,Of All We Have Lostがかっこいい.昔の東京女子流みたいな,あるいはFolderのようなR&Bな感じに,EDM,ヒップホップ等のミクスチャー的要素もてんこ盛りの上にアイドルの歌声が乗る.こういうのをもっと聴きたいと思う.

新規事業のミーティングなど.モメンタムを作り続けていくための動きをまだまだやりきれてないという思いがつのる.

すこし話題になっていたのを見たけどスルーしていた「〈座談会〉現代サッカーにおける理性と感性……三笘薫・小井土正亮/山本敦久(司会)[『思想』2024年10月号より]」について,K氏が日記で言及していたので読んでみた.三苫選手の言語化能力に驚く.そして,サッカーというのが思いのほかシステマティックになっていることを知った.そんなことをいっていたら,K氏にあれこれと教えてもらう.

中田英寿氏は「俺はもうサッカーは一切見ない」のだという(「俺はもうサッカーは一切見ない」中田英寿が指摘する現代フットボールの問題点「分かっていない人が多い」 | サッカーダイジェストWeb).ファンタジスタ的サッカーはもはやなく,フィジカルのひたすらな規律訓練に堕してしまっているということのようだ.上記の鼎談を読んでいて,自分に近い領域においても同様のことが起こっていると感じることが多く,「見ない」とまでは思わないまでも,ネガティブに思うことが多かった.

しかし,ひとしきり考えて,そういう態度はやっぱりよくないなと反省した.例えば「デジタル化」なり「AI化」なりといったことにわけもなくネガティブに反応してしまうのと同じなんじゃないか?ある種のパターン化に対して,それが必要なことはわかってるけど自分ではやりたくない,みたいなことを思ってしまうのだが,やっぱりまったく同じことであるように思えた.そんな態度のままでは,文字通り「老害」ということになってしまう.

また,K氏が指摘する通り,それはそれとしてファンタジスタ的プレイヤーが不在かというとそういうことではないのだということを,その三苫選手のプレイの様子を動画であれこれと観ることでよくわかった.規律訓練のレベルがものすごく上がった上での個人の力量の発揮.やっていることは違っても,斯界においても状況は同じことなのではないか.そこでちゃんとプレイできなければ,兵站を軽視した旧日本軍的な過ちに至るだけなのではないか?そんなことを思う.

そんなわけで大いに反省をしたので,自分の考え方や知識,スキルセットをいまいちど棚卸しをして,あらためて作り直していかなければならないと思う.博論まわりがひと段落したら,集中的にその辺を勉強しなおすことにした.また,三苫選手の『VISION 夢を叶える逆算思考』も購入して読み始めた.


#日記 #10月24日

202210月24

昨夜は町田康『私の文学史 なぜ俺はこんな人間になったのか?』を半分ほど読んだのち、入眠。9時頃起床。体調が戻るまでは、7時起きは取りやめ。

最近「タイパ」という言葉を目にするようになった。「コスパ」という言葉同様、とても嫌な言葉だと感じる。それはともかくとして、最近の若者は漫画よりも動画の方が「タイパ」が良いと感じるというツイートが流れてきたのを目にしたので、思うところを書いておいた。

経験に基づく手癖的な思考でパッと思うことはあるのだが(その例が1つ目のツイート)、2つ目、3つ目はあえて別の視点で考えてみようと思って書いたもの。いろんな視点で考える練習をする。

Meetyで申し込みがあった方とお話し。全然知らない分野のスタートアップをやっている方で、とても面白い話を聞けてありがたかった。その後、出社して各種ミーティングや面接など。

Kは相変わらずKATAMINOに夢中で、どんどん進めている。すごい集中力だ。

夕食をとりながら「舞いあがれ!」の今日の放送分を観た。正直いって、不安になる感じである。あの素晴らしい時間はもう戻ってこないのではないかという。杞憂であってほしいのだが……。

福嶋亮大『書物というウイルス 21世紀思想の前線』の続きを読み、読了。フランシス・フクヤマが、昨今はむしろオールドリベラリストのような立ち位置になっているみたいな話は、面白かった。一方で、著者の昨今のアイデンティティポリティクスについての理解は、ずいぶん保守的なんだなあと思えた。

続けて、阿古真理『家事は大変って気づきましたか?』を読み始める。テーマは面白いのだが、Webの連載コラムから構成されているせいなのか、文章がこなれていなかったり、重要な用語の使い方がおかしかったりして、不安になる(たとえば「性別役割分担」という語を、男女が話し合って役割を分担することというような意味であると書いている)。

単行本を買って読んでいる漫画を忘れがちなので「[[読んでいる連載漫画]]」にまとめておいた。

枕をいくつも試して、10万円ぐらい投じてきたのだが、結局一番自分にあってたのは2,000円ぐらいのニトリの枕だったということがあった。そのニトリから「上半身を包み込むまくら」というものが出ているということで、Twitterで話題になっていた。枕に関して信頼をおいているので、早速注文しておいた。


今日のブックマーク



#日記 #10月24日

202110月24

朝10時半頃に起床。お昼を軽く食べた後、散歩。お茶しながら、クエンティン・タランティーノ「ヘイトフル・エイト」をiPadで観る。オープニングシーケンスは全然面白くおもろくだなあと思って、観始めたのを後悔しそうだったが、会話が始まると俄然面白くなってきて、のめり込む。しかし、3時間近くあるので観終わらず。

書店にいって、『USムービー・ホットサンド ──2010年代アメリカ映画ガイド』、『TOEIC L&R TEST 5分間特急 超集中リスニング』を購入。また、Kindleで塚田稔『芸術脳の科学 脳の可塑性と創造性のダイナミズム』、ケヴィン・ケリー『5000日後の世界 すべてがAIと接続された「ミラーワールド」が訪れる』を購入。

さらにお茶しながら、買った映画本を読み始める。ここ20年ほどの映画についての見通しを得たいと思って、いくつかガイドブックを買って眺めてみようと思ったりしたところ。最近の人については、ほんと全然わからない。昨今のハリウッドは、さまざまな極端な思想が跋扈している世界という感じで、それはそれで学ぶべきところがありそうという感じがしている。

そういえば「007」の新作をやってるんだよなあと思い出して、映画館へ。「ノー・タイム・トゥ・ダイ」を観る。ダニエル・クレイグによるジェームズ・ボンドの最終作(というのも後で知った)。映画は、ダニエル・クレイグになってからの「007」のいつもの感じというところか。まあ、なんであっても単に「007」であるだけで感じ入るところはある。

帰宅して、夕食を食べた後、TOEIC関連の勉強をやろうと思っているので調べ物など。これまでTOEICそのものの勉強をしたことがなかったので、ちょっと真面目にやってまともなスコアを取っておきたいという気持ち。その他にも、いろいろ立て込んでいたことで習慣が乱れたままになっていたので、Habitifyをあらためて整理したりなど。

その後、「ヘイトフル・エイト」の続きを観る。序破急でいうところの急な展開でいよいよ面白くなる。今作は、10本撮ったら引退するというタランティーノの8作目なのだが、巨匠ともなった彼がなんでこれを貴重な8作目に選んだのだろうと思うとその覚悟のほどが知れる、後味の悪過ぎる傑作。

引き続きDuolingoを続けているのだが、ようやくダイアモンドリーグに到達した。あとはもう昇格がないようなので、落ちないように続けるだけか。それはそれで継続していく理由にはなりそうではある。しかし、フランス語のコースがだいぶ厳しくなってきたので、文法書をおさらいしないとと思いつつ、なかなか時間を取れていない。

202010月24

早々に寝てしまったこともあり、3時頃目が覚める。昨日から肩が痛んでいるのだがあまりよくなっておらず、ストレッチしたりポールで背中や肩まわりを伸ばしたりしながら、『記憶のデザイン』を読む。その後、6時前頃にまた就寝。11時頃に起きる。

昼から研究室のゼミのため、品川へ。2回目のリアル開催。前回は、緊急事態宣言が終わった後に少し落ち着いた頃に一度やったのだが、その後またぶり返してきたせいもあって、またオンラインにもどったのであった。ゼミでは、各人の進捗報告のパートで自分の研究テーマについて少し話したのだが、着眼点はいいけど簡単に解決できるんじゃないか、もっと根本的な問題を解決するべきなのでは?と先生に問われ、なんだろうなあと考え込んでしまう。その後、初めての飲み会。

飲み会で、いろいろ話をする中で「研究には世界観が必要だ!」という言葉をいただいた。誰も考えたことのないこと、やったことのないことをやるべきだと。そもそも論で問題を捉え返すことが必要ということだろう。いま見てる問題をそのまま解決しようと考えるのではなく、問題そのものをなくすような発想。自分の関心領域において、どうするとそのような発想に至れるかを考えてるところ。やればできることをやってもしかたがない。エンジニアリングと研究は違う。そういうことではない何か。

飲み会が終わって、お茶しながらなんだろうなあとあれこれ考える。そもそも問題が起こらなくなるような根本的な解決とは何か。深堀りして考えてみないとなあ。いまの感じだと、表面的な問題に対してストレートにできる解決策をとろうとしているということだろう。適用の幅を広げてみたり、問題の構造そのものにより深くアプローチする等して、研究としてのインパクトのあるような課題に深めていく。

201910月24

午前中は、先日の血液検査の結果を聴きに病院へ行った後(特になにもなかった)、家で事務的な仕事を片付ける。その過程でいろいろ考えることがあり、社内Slackに思うところをあれこれ書いたり。午後、出社して研究会や定例ミーティングなど。

精神がパサパサしてくると、無性に本屋に行きたくなるという習性がある。新しい知識や物の見方、もっと単純には文芸に触れることによって、そういう状態から回復できる。本を買い、読むことは、自分にとってそういう意味でもなくてはならないことだ。というわけで、『フランス名詩選 (岩波文庫)』、『新編 中国名詩選(上) (岩波文庫)』を買う(また、Kindleで『すべての鳥を放つ』も)。最近、詩を読むことに自分の興味がある。カヴァフィスの詩集や四方田犬彦さんの『詩の約束』を読んだりして、さらにもっといろいろ読みたい気持ち。帰宅すると『バイリンガル・エキサイトメント』が届いていた。こちらは、多言語制作に関する関心に基づくもの。

先日スーパーに寄ったときに何気なくクスクスを買ったのだった。クスクスって、外食でもそんなに食べるわけでもないし、自分で料理したこともなかったのだが、最近は減量を試みているのだし、また、作り方も簡単でもあるようで、サラダに用いたりパスタ代わりにすれば、効率的かつヘルシーだろうと思う。実際、Kと野菜たっぷりのトマトミートソースをかけて食べてみたのだが、美味しいし腹持ちするし、いい感じ。多用することになるだろう。さらに、最近常飲している炭酸水といっしょだと、なおよし。

先日、森美術館で行われている「細野観光」を観て、あらためて細野晴臣さんの素晴らしさを思い知ったので、聴けていなかった近年の作品を聴く。HOCHONO HOUSEから、Heavenly Musicへ。極上の音楽。いまの気分的には、峻厳なピアニスムはやや重たいし、なんかいろいろ再発が続いているっぽいマイルス・デイヴィスを聴き直す感じでもないし、あー、これがぴったりだったんだなあ、と、タイミングにありがたい思いを感じる。

自分は、人並みにイライラしたりもするとは思うけれども、瞑想などを通じて、感情に対してある程度の制御を行うこともできるだけしていきたいと思って、実践しているつもり。ただ、時々どうしてもイライラしていまうことはあって、たとえば今日もそうだったのだが、サランラップがロールにひっついて、さらには一枚で引っ張れず、途中で裂けてしまう時がそうだ。それを一枚つながった状態に復帰しようとするのだが、なかなかつながらない。そういう時、とてもイライラする。

先日も少し書いたが、『制作へ 上妻世海初期論考集』的な意味で、自分もまた「制作」を行っていきたいと思う。公的な活動における活動も制作のうちだと思うが、そこからはみ出る私的な思いを表現する手段もほしい感じ。新たにやりたいこともあるのだが、まずは日常的に行っている料理や、もっとしばしば行っているこの日記もまたなにかしらの「制作」としての営みに昇華できたら、それがまずはよいのではないかと思う。というわけで、この日記ももうちょっとちゃんと書いていこうと思う。

201810月24

福岡出張1日目。ついてさっそくあれこれ打ち合わせしたり、今後のやっていきについて話したり。

なんか体全体に怠い痛みがあって、風邪を引く前兆かと思って夕食に「博多もつ鍋楽天地 福岡天神西通り店」でモツ鍋がっつり食べたりしたのだが、昨日の筋トレのせいじゃんということに気づいて、ある意味ひと安心。ホテルに帰って一休みしたり、起きてその辺を散歩したり、ビールを飲みつつインスタライブしたり。

201710月24

面談など、一日中あれこれおしゃべりしていた日。

それ、僕だって考えてたのに!みたいなのを他がバンバンやってってるのをみると、なんかもっとバーン!とやっていかねばと、焦燥感あるなあ。もっと能力がほしい〜〜〜。

夜は、神泉のフランケンシュタインでビールと生ハムなど。駅前の蔦屋で買った『菊地成孔の粋な夜電波 シーズン1-5 大震災と歌舞伎町篇』を読みつつ。菊地成孔さんみたいに、なんかペラペラとおしゃべりできるようになりたいと、ずっと思っている。

201610月24

朝、10分弱メディテーション。

昼は親子丼。

夕方頃からすごく疲れた感じになってきて、というか、睡眠不足っぽい感じでだるい。ジムに行くのよそうかと思ったけど、この状態でいったらどんな感じなのかを確かめてみようという理由で、がんばっていった。結果、疲れがすっかりとれてすっきり。すごい。

帰りにネパリコで夕食。

てか、筋トレ始めてからもう1ヶ月以上は経つと思うけど、体重がまったく変わらない。食事がそんな多いとは思えないしなあ。まあ、お酒は変わらず飲んでるから、そのせいなのかも。体付きはけっこう変わってきてるから、効果はあるんだろうけどなあ。筋肉がついてきて、これからどんどん脂肪が燃えていくことに期待。

201510月24

喉の痛みは引いてきたが、その他の諸症状は相変わらず。

「WEB+DB PRESS」の続きを読んだ後、渋谷へ。丸善ジュンク堂をひと通り見た後、ルノワールへ。『会社法入門 新版 (岩波新書)』の続きを読む。

帰宅して、夕食を作成。写真撮るの忘れた。あみづけのパスタとかぼちゃサラダ。

どうにもだるい感じが抜けなくて、眠ってしまう。起きた後、『会社法入門』の続き。

ふと、宮台真司さんの昔の本の話題を見て、思う。『制服少女たちの選択』は21年前の1994年に刊行された。それを僕が読んだのは1995年、19歳の頃。それから20年後のいま、当時のことを思い返すとありありといろんなことを憶えているが、95年当時は、20年前すなわち1975年は遠い昔のことだった。いま19歳のひとがあの本を読んでどう思うか。

自分が物心つく前のことだからそう感じるのは自然なんだろうけど、そのように過去が遠近法的なパースペクティブをなして感じられるのは、それはそれで不思議にも思える。