4月1日の日記一覧
2025年4月1日
今日は朝から晩までひっきりなしに話し続ける予定が入っており、疲労を覚えた。というか、ここしばらく天候がずっと悪く、花粉症、睡眠不足もあってそもそも疲れやすい感じ。ちょっとしたことでも心が動く感じを覚えるので、気をつけないと。その合間に昨日作ったツールを運用に載せるコードを書く指示をCursor Agentに出して仕上げたりした。
リトルKは「カーズ」のキャラクタを順調に憶えていっている。キングのスポンサーのダイナコのことまでいいだしたので驚く。でも映画では最後にダイナコの社長からのスポンサーの申し出を断ったんだよね、というと、映画についてこうだったという話を一生懸命し出した。あんまり興味なさそうだったけど、ちゃんと憶えてるだなあ。続きも一緒に観よう。
通勤の行き帰りとウォーキング時間に、NHKラジオのロシア語、中国語、韓国語、スペイン語、イタリア語、フランス語、ビジネス英語講座を聴く。ロマンス語系と英語、韓国語は音だけでも何とかついていけるのだが(スペルが想像できる)、ロシア語、中国語は全然わからない。これらはテキストも買ってざっくり読んでおくほうが良さそう。
川崎あゆみ『英語が日本語みたいに出てくる頭のつくり方』を読了。第二言語習得論に基づく学習方法をわかりやすくまとめている良い本。この方法で続ければ、すらすら話すという目的にとっては効率よく習得できるんだろうなと思われる。問題は、学習を維持するのが難しいことなのだが、それはまた別の話だろう。
最近のお気に入り。NMIXXの最近リリースされたEPを繰り返し聴いている。これまであんまりピンと来ていなかったのだが、ライブ映像やこのEPの冒頭に収録されているHigh Horseを聴いて、これはすごい!と驚かされたのだった。
このライブは、メンバーのパフォーマンス能力の高さはもちろん、音質も極めてクリアだし聞いてて感動を覚える。
音楽で感激したことでいえば、先日観た「おげんさんといっしょ」の最終回での三浦大知さんのパフォーマンスが圧巻で、感極まるものがあった。緩急つけたダンスの構成に気持ちがこもっていて、ライブパフォーマンスでの凄みともまた違った、テレビだからこそのカメラワークとスタジオの使い方が素晴らしい。
とここまで日記を書きつつ、Cursor Agentの様子を見ながらコードを書いている。
2024年4月1日
今日から子が保育園に入ることになったので、初登園。朝の保育園は、やはりすごくばたばたしている。子は、まったくさびしがるようすもなくバイバイと手をふり、初対面の子どもたちと仲良く遊び始めている。そういうところは、自分とは違っていて、妻に似ている。
会社では入社式があり、グループ全体のそれがあった後、家の会社での会がもたれた。その後、懇親会であれこれとおしゃべり。毎年思うことだが、優秀な方々が次々に入ってくる中で、自分のようなものが価値を出していくには?みたいなことを考える。
全然関係ないが、昨日ある件について嫌味的なことを思ったあとに、そういうのは本当によくないことだと心底反省したということがあった。そもそも、嫌味そのものが評として適切ではない内容だろうし、そんなことを思ったところでなにもいいことはない。
なぜそんなことを思ってしまうのか。それは、制作をしていないからだろうという気がする。制作をする立場からことにあたっていれば、嫌味を思う前にどうやって作るかについて考えるし、あるいは作り始めているはずである。作ってないから嫌味をいう。
よくいわれるような、批評は実作より劣るみたいな話しではない。批評もまた制作だからである。そうではなくて、あらゆることについて制作者として向かっていれば、嫌味を思う暇がないはずであるという、ごく単純な話である。そうしてないのがよくない。
ひとは生きていることそのことが制作であるはずで、そうなると嫌味を思うのもまた制作ではありうるけど、嫌味などよりももっと他の制作をするべきだろうということである。単に、その方が生産的だろう。だから、ただ制作をする。そのことに向き合う。
2023年4月1日
明け方、授乳のために起きる。その後、二度寝。やっぱり途中で起きると、合計としては6時間ぐらい寝ているのだが、眠気は残るなあ。軽い首凝りがあり、頭痛へ発展しそうな感じ。ロキソニンを飲む。
KとリトルKと、散歩へ出かける。桜はところどころまだ残っている。いくつか写真を撮る。公園は花見をする人々がたくさんいて、賑やかな感じ。少し回った後、写真を撮りながら歩く。いつもいくカフェで、しばし休憩。
Kらと別れて、散歩の続き。お茶しながら、写真の整理をする。撮りはしたけどまだアップしてなかったものを、スマホに同期して、Googleフォトへ。人を撮ったものは、JPEGの撮って出しをスマホ経由でそのまま保存するようにしている。自分の制作的なものはまた、Adobeのクラウドの方に保存するようにしている。
NothingのEar (2)が届いたので、さっそく開封して、セットアップ。思いのほかかっこいい。耳へのフィット感もいい感じ。一方で、ノイズキャンセリング性能はAirPodsの方がずっといい。これはまあしかたないか。音質は、かなりクリアで明るい感じがする。これだけでいいという感じにはならないが、使っていて気持ちがいいプロダクトであることは間違いない。ただ、AirPods Proの強さは圧倒的だなあという気はする。
食材をあれこれ買って、帰宅。昨夜の残り物がけっこうあったので、あれこれ手を加えて、夕食にした。その後、リトルKの世話をしたり、風呂に入れたりなど。
論文の英訳の続き。そこそこ大変な作業。3章が終わった。今のところ、元の文章と英訳の結果とがほぼ同じぐらい。半ページほど余りそうな感じ。もし余ったら、それはそれでいいので、実装の詳細についてもうちょっと書く。ともあれ、明日には英訳をやりきろう。
「李禹煥 対話より―「もの派」の現代性 李禹煥 × 浅田彰を音声だけ聴く。東京でやった時に、観に行けなかったんだよなあ。というか、全然展覧会に行けていない。ちょっとペース取り戻して、行けるようにしないと。
今日のブックマーク
- [pipix@シュガーナイトさんはTwitterを使っています: 「自動表情生成スクリプトを Github にアップしました。 なんか沢山イイネもらったけど、しょーーーーもないスクリプトですので、予めご了承ください!](https://t.co/m2R8JrlgOW」 / Twitter https://twitter.com/pipix1121/status/1641685898000744454?s=12&t=oh3PTeK1YGO3XG0c-mdpyQ)
- 合理的な選択の末に、いつの間にか世の中に取り残される感覚 - やしお
- ChatGPTで独自データを利用できるLlamaIndexはどんな仕組みで動いているのか?調べてみました | DevelopersIO
- 李禹煥 対話より―「もの派」の現代性 李禹煥 × 浅田彰 - YouTube
- Humanness in the Age of AI
- 【Copilot はじめました】GitHub Copilot 導入におけるハードルの整理 - M&Aクラウド開発者ブログ
- 凡人による社会人博士課程生存戦略
- 【国際学会 ASPLOS 2023】論文採択までの道のり ~仮想マシン間のメモリ領域共有に関する課題と解決策~ | IIJ Engineers Blog
- GPT-4 Is a Reasoning Engine - Chain of Thought - Every
- 大規模言語モデル活用総まとめ with Azure OpenAI - Speaker Deck
- WebAssemblyに注目 | POSTD
#日記 #4月1日
2022年4月1日
今日から4月。朝30分の研究タイムでは、以前研究報告でリファレンスしたこともある、Erlang VMをESP32向けにポーティングしているAtomVMというプロジェクトがデベロッパーリリースされたということで、ドキュメントを読む。その後は1 on 1をしたり、グループ全体の入社式にオンラインで参加したりなど。今年もそういう季節だなあ。それに、自分も4月から博士後期課程へ進学ということで、新入生的な立場ではあるのだった。
「美術館「えき」KYOTO」で明日から開催の「平間至 写真展 すべては、音楽のおかげ」の内覧会に出かける。といっても、駅前のホテルにいるので目の前。まずは平間さんによる挨拶。その場その場の即興性を重視してやってきたが、振り返ってみると音楽家になりたかったという思いが、写真を音楽にするというコンセプトとして通底しているというようなことを語っていた。すごく心にしみるスピーチだったなあ。その後「「ぼくの写真家人生はパンク」 NO MUSIC, NO LIFE.の平間至が写してきた“音楽を奏でる写真”」という記事を読んだ。
自分にとっては、平間至さんの写真は若い頃から折に触れて目にしていて、単純にそういう懐かしさを感じる作品もたくさんある(個人的には新潮社の「月刊」シリーズでの活躍(特に永作博美さん!)も思い出深いところだが、今回の流れは音楽が主体である)。今回初めて見た田中泯さんとの作品は、それこそ「そこから動き出しそうな、聞こえそうな、そんな写真」(平間至 写真展 すべては、音楽のおかげ)と思えるような、潜在性に満ちたもので、ちょっとびっくりしてのけぞってしまったほどだった。写真館での活動から生まれた作品も楽しく、我々も撮っていただいたこともあって、その時のことを思い返したりした。
その後、ホテルに戻って仕事をした後、夜はKにくっついてキックオフ飲み会的なところにも参加させていただいた。平間さんはお疲れで、早々に帰られた。内覧会でパフォーマンスをされたウィリー長崎さん、橋本拓也さんはどちらも話が面白くて、パフォーマンスを業とする方々の楽しさを感じる。そういう人になりたいなあ。その後、自分は祇園に移動。お茶しながら河竹登志夫『作者の家〈第1部〉―黙阿弥以後の人びと後の人びと』の続きを読む。さらに先斗町へ場所を変えて橋本治『大江戸歌舞伎はこんなもの』を読み始める。ホテルに戻って、さらに続きを読む。
2020年4月1日
今日から4月。このご時世ということもあり、さすがにエイプリルフールネタを投下してくる企業はあまりいない。やらなきゃならないみたいな空気が嫌なので、こんなときでもやりたいぐらいの気持ちがあるところだけがやったらよいのではないかと思う。また、4月になったので、今日から久々の学生(大学院生)だ。しかし、開講がいまのところ4/25に延期されているのだが。他大学の状況を鑑みるに、連休明けになるかもしれない。少し時間ができたので、数学を仕込んでおこう。
今日も朝から晩まで書物をしたり調べ物をしたりなどでずっと頭を使っていて、疲れたなあ。夜は、最近のWeb開発のやりかたについてざっくり調べてまとめたり、データサイエンス入門の続きをやったりなど。けっこう時間かかってるので、もっとさくさくやっていかないとなあ。機械学習まわりで教科書的なのも買ってあるので、そっちにもはやく進みたい気持ち。そのへんは、ひとが何をいってるかぐらいはまずわかるようになって、自分の研究でも使えるようにしときたい。
昨今のCOVID-19禍を経た世界が「アフターコロナ」とか「withコロナ」などと呼びならわされはじめているが、個人的にはアフターがいいように思う。今般のことが完全に解決するという見込みでも、ましてや元の世界に戻るということでもなく、むしろ完全に変わってしまうという意味で。withコロナといっちゃうと、そのうちワクチンでてきて気にしなくなったときには関係なくなるの?というとそんなこともないわけだから、ちょい違うんじゃないの?と思うんだよなあ。
アフターコロナといったからといって、コロナ禍が終わったあと、解決したあとというのではなく、いまがもはや既にアフターな時なのであって、コロナ禍以前の時代にはもう戻れないということなんだよなあ。そういうニュアンスが含まれるという意味でも、アフターコロナというほうがいいと思う。
2019年4月1日
新元号の発表を会社で聞き、新しい気持ち。「令和」って一瞬ピンとこなかったのだけど、由来を知って良い名前であるように思えた(みたいなことを僕が思うようになるなんて、バリバリの左翼だった幼少の頃には信じられないだろうなあとも思った)。
また、今日から新卒入社の人々や、新しくグループジョインした会社の人々がオフィスにやってきて、活気がある。夜は、入社式と歓迎会。その後、The Wineでワインを飲んだ後、庄やでの2次会に合流。
2018年4月1日
今日が最終日のブリューゲル展へ。ピーテル・ブリューゲル1世から始まり150年にわたるブリューゲル一族(曾孫の世代まで)による画業を総覧したもの。風景や農民たちを描いた絵もよいのだが、やっぱりヤン系列の花の絵(特に「籠と陶器の花瓶に入った花束」のなまめかしさ!)、さらにはヤン・ファン・ケッセル1世の、大理石に描いた虫の絵にときめいたなあ。あれ、めちゃほしい。売ってくれないかな〜、いくらかな〜などと思いつつ、ポストカードを購入した。
続けて、プラド美術館展へ。プラドのコレクションによる、画家たちが画業を自由学芸のひとつとして打ち出し始めた17世紀のスペインの絵を中心にした企画。のっけから、フランシスコ・デ・スルバランの「磔刑のキリストと画家」の静謐さに心打たれる。ついさっき見たブリューゲル一族からもいくつか出展されていて、ヤン1世の「視覚と嗅覚」に、絵画への強い自負を感じる。また、ルーベンスの「アンドロメダを救うペルセウス」の女性に、後期ルノアールの女性の描き方の元ネタを見たり、アレハンドロ・デ・ロアルテの「鳥売りの女」の描く、足を縛られて逆さ吊りされた鳥の迫力に感嘆したりする。
銀座へ。GINZA SIX内の蔦屋のスタバでサラ・ムーンの写真プリントと写真集を売る展示がされていた。シャネルのギャラリーでもいまやっているのだが、なんかそれだけ見て、そっちの方をみるのはもういいかなという気持ちになってしまう。悪くはないんだけどなあ。本屋で、ひととおり画集などを見て回る。ハンマースホイの2008年の図録がほしかったのだが、プレミアがついて1万円以上で売られていて、やめた。その他、ロバート・ライマンの画集などもほしいなあ。と思いつつ、何も買わずに出る。
さらに広尾から元麻布のカイカイキキギャラリーへ。ヴァージル・アブロー個展“PAY PER VIEW”を観る。うーん、意図はよくわかるのだけど、アートワールドへのアイロニーだけでユーモアがないというか。さほど面白いとは思えなかったなあ。
渋谷の丸善ジュンク堂書店で『現代写真論 新版 コンテンポラリーアートとしての写真のゆくえ』と、美術手帖のバックナンバーを2冊買い、Goodbeer Faucetsでビールを飲みつつ読む。現代写真を特集した「美術手帖 2016年9月号」はとてもよかった。巻頭の横田大輔さんを筆頭に、写真の新しい表現を切り開いている人々がたくさん紹介されていて、「こんなこともできるんだ!」と驚くばかり。さらに、読みさしの『アート戦略/コンテンポラリーアート虎の巻』を読了。最初はアートワールドがどうちゃらみたいなのに、『現代アートとは何か』を読んだ直後なので食傷気味だったのだが、特に後半の写真の可能性を語るあたりが、とてもエンカレッジングでよかったなあ。
その関連で小山泰介さん、水谷吉法さんのサイトを眺める。特に、水谷さんの川鵜のシリーズにときめく。電線にとまるたくさんの鳥が、譜面のような抽象性をもたらすという、新しい感覚!ときめく〜。
2017年4月1日
4月になったことに気づいてなかったのだが、Twitterに変な話が流れてきたことにより、気付いた。昼食は鶏舎で五目焼きそばと餃子。久々に肉丼以外のものを食べた。
3月はなんかやたら忙しかったのと、風邪をひいたのの後遺症としての疲労しやすさで生活がぐだぐだだったので、4月になったことだしちゃんとしようと思う。というわけで、書店で本を買いまくった。
- 『三師匠落語訪ねて江戸散歩』
- 『古典・新作 落語事典』
- 『レゲエという実践: ラスタファーライの文化人類学 (プリミエ・コレクション 80)』
- 『漢字圏の近代―ことばと国家』
- 『アメリカ流 マインドを変える仏教入門』
- 『死してなお踊れ: 一遍上人伝』
- 『超AI時代の生存戦略 ~シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト』
- 『社会にとって趣味とは何か:文化社会学の方法規準 (河出ブックス 103)』
- 『ラップは何を映しているのか――「日本語ラップ」から「トランプ後の世界」まで』
- 『プロテスタンティズム - 宗教改革から現代政治まで (中公新書)』
- 『カラー版 - ダ・ヴィンチ絵画の謎 (中公新書)』
- 『企業不祥事はなぜ起きるのか - ソーシャル・キャピタルから読み解く組織風土 (中公新書)』
- 『帝国大学―近代日本のエリート育成装置 (中公新書)』
- 『日本ノンフィクション史 - ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで (中公新書)』
- 『モラルの起源――実験社会科学からの問い (岩波新書)』
- 『日本の近代とは何であったか――問題史的考察 (岩波新書)』
- 『『レ・ミゼラブル』の世界 (岩波新書)』
- 『江戸東京の聖地を歩く (ちくま新書1244)』
- 『不平等を考える: 政治理論入門 (ちくま新書1241)』
- 『クィア短編小説集: 名づけえぬ欲望の物語 (平凡社ライブラリー)』
その他、Japan Knowledgeはやっぱあんま使わないので、物書堂で、ジーニアス英和と『ロイヤル英文法』のアプリを購入。国語辞典と漢和辞典も気が向いたら買う。
椿屋珈琲店で、さっそく落合陽一さんの新刊を読む。本に線を引いたりするのがあんまり好きじゃなかったのだけど、最近3色ボールペンで引きながら読むようにするのを再開したら、頭にすらすら入ってくる気もするし、記憶への定着もいいかもしれない。なにより、集中できるのがいい。続けていこう。
帰宅して、北田先生の新刊にとりかかる。