5月1日の日記一覧
2024年5月1日
子は風邪を引いてしまって、咳をしてつらそう。夜も咳が聞こえる。眠りも浅いように思える。昨日、今日と保育園は休んだ。親たちにもちょっと移ったりしてるのかも?体調には影響ないものの、すこし咳は出る感じがある。これからそういうのも増えるんだろう。
今日は5年目の結婚記念日。寝る前は、朝起きたあとそのことに言及しようと思ってたのに、すっかり忘れてしまっていた。帰宅したら言及する。週末、近場で良い宿にでも泊まろうかといっいたが、子の体調を鑑みて、やめにする気配。また今度。
finalventさんの記事を見て、自分もこうでありたいなぁという気持ちを覚える。彼が「極東ブログ」を書き始めたのは、いまの自分ぐらいの歳である。いまはこの記事にあるように修士号を取得した後、さらに京都芸大のFMAコースもとってるみたい。
https://kaigo.homes.co.jp/tayorini/interview/finalvent/
しかしなんというか、こんなに真剣には生きられないよなあという気もする。修士号を取るなんてことを人生の目標のように思うことなんて自分にはありえない。なにかにそんなに執心することもない。まあ、それが普通なんだろう。だから、こういうひとが特別なのである。
2023年5月1日
早起きして準備。朝から病院。リトルKが入院している病院では、その病院で受けたPCR検査の結果で陰性でなければ面会ができず、かつ、その効力も3日までしか保たず、理由は忘れたけど週に1回しか受けられないようで、ともあれそのルールのために毎週月曜日にPCR検査を受ける必要がある。そのため、開院直後に受けるべく、出かけたのだった。受付は、自動受付機ですんなり通過。検体を提出して終了。
その足でオフィスへ。月初と週初めの定例ミーティングがあれこれ重なっている。法務担当の弁護士氏とペアプロしたりという、面白タスクもあった(AIによってコードをどう書くようになるのか、コードはどのように実行されるのかなどを知ってもらうため)。そういえば、今日から12年目である。
WEB+DB PRESSが休刊になる旨のニュース「『WEB+DB PRESS』 休刊のお知らせ:WEB+DB PRESS|技術評論社」が界隈を騒がせていた。自分も何本も記事を書かせてもらった、思い出深い媒体である。またいつか復刊するといいなあ。
「MITテクノロジーレビュー日本版 Vol.10 世界を変えるU35イノベーター2022年版」に目を通す。もっと広い視野で技術の推移を見ていかないとなあと思ったりしたので。 AIがどうのみたいなことばかりに気を取られてしまうが、世の中はそればかりではないわけで、大きな課題に挑んでいる人々のビジョンは面白い(もちろん、その実現を支えるのに機械学習が使われることは多いのだが)。
研究ネタに繋がるかもしれないというのと、単純に技術的に面白そうというネタが湧いてきたので、技術調査などをする。ある程度いけるような気もするけど、やることと自分の研究の方向性とのマッチングが微妙なのと、評価に苦労しそうなのとで、どうしようかなあという感じ。もうちょっと練ってみよう。
今日のブックマーク
- mlc-ai/web-llm: Bringing large-language models and chat to web browsers. Everything runs inside the browser with no server support.
- ChatGPTを使ったLINEbot開発で、安定してJSON形式で出力する方法 - Qiita
- ブラウザ上で3Dキャラクターと会話できる「ChatVRM」をオープンソースで公開しました - pixiv inside
- ChatGPTをロボットの頭脳にする その1: カメラ/サーボモーターとChatGPTを組み合わせる - BioErrorLog Tech Blog
- 【2024年版】ChatGPT APIを社内利用する時に採用すべきアーキテクチャを考えた - Qiita
#日記 #5月1日
2022年5月1日
朝、10時過ぎに起きて、しばらくごろごろ。cryptoまわりの情報収集(といってもTwitterのリストとDiscordを眺めているだけだが)。
昨日、頭と髭をバリカンであたったのだが、充電が十分でなく、ちょっと中途半端になっていたのを整える。今度買ったものは充電台を使うタイプであるのはいいのだが、そうすると充電が切れていると何もできなくなるのは盲点であった。ちゃんと充電しておかねば。
立川吉笑独演会「真打計画01」のため、吉祥寺へ。3月ごろにチケットを取ったので、ずいぶん待ち焦がれた会である。あいにくの雨だが、そこまで強くは降っていない。吉祥寺に行くのは何年ぶりだろうか。ずいぶん久しぶりだなあ。武蔵野公会堂につき、14時から開演。ネタは以下の通り。
- 落語家(吉笑)
- 留熊八と八熊(吉笑)
- 親子酒(吉笑)
- 仲入り
- イラサリマケー(談笑)
- カレンダー(吉笑)
やはり圧巻だったのは「落語家」。この独演会の位置付けをマクラで語っていたかと思えば、実は昨今の落語家の多くはロボットなのだという荒唐無稽な話に転じ、真打に向けての重要な会なのだからロボット操縦係としてしっかり仕事をしなければという段になって、目の前で我々が観ているこの吉笑さんもまたそうであるということになる。典型的なメタフィクションなのだが、それを落語でああもテンポ良くやられると、非常に面白く、会場全体が落語の空間に入り込んだような不思議な気持ちになる。むしろ落語だからいいんだろうなあ。演劇でやったら、違う結果になりそう。すごい。
という感じで落語の構造をうまく利用する氏の名著『現在落語論』において、落語の特徴として下半身が省略されていることが挙げられていたことを印象深く記憶している身としては、このロボットにおいて脚の存在が重要な役割として登場したのも面白かったところである。舞台に現れた吉笑さんが、いったん止まってお辞儀するというやけに丁寧な挨拶をしたのを、そこまでおかしなことと思わずに受け流していたら、それが脚の操縦係が「笑点の出演者にしか許されない」丁寧ぶりを、自分の見せ場を作ろうとしてかやってしまったという話につながったのであった。
その後、「留熊八と八熊」、「カレンダー」もまた、自他の境や世界の常識のようなものを面白おかしく捻じ曲げつつ、そんな事態をすらまあそれはそれでいいじゃないかという、いかにも落語の登場人物的ないい加減さで受け流してしまうという鷹揚さは、かえって「人間の業の肯定」(立川談志)ということのあり方を、対人関係のみならず世界の根源にまで広げてしまう、実はそら恐ろしいスケールを持つ話なのかもしれないと思われた。
仲入り後は、シークレットゲストが登場するという案内がされたと思いきや、出囃子とともに談笑師匠が現れ、会場は大盛り上がり。弟子に対する愛情を思わせる話からどんどん転がって、今後とんでもない試練を与えるのだろうなというマクラからの「めでたい噺を」といって始まった「イラサリマケー」は、以前何かで聞いたことがある気がするが、ちょっと昨今の状況的にこの手のネタはもうダメなんじゃないかという感じで、ひたすらくだらなく、先行きの一筋縄ではいかなさを暗示している。師匠の花向けなのであろう。
終わった後は、ハモニカ横丁をぶらつく。その中にタイ料理屋さんがあったので、入って軽く一杯。SPYがあったのでいただきつつ、発酵ソーセージやソムタムやらを食べる。さらに「李朝園」で食事。昭和感溢れる店構えに、期待が高まらざるを得ない。肉は、種類によってややばらつきはあったが、特にハラミが美味しくて満足。お腹いっぱいになった後、さらに「ばんびえん」に寄ってお茶した後、帰る。
「鎌倉殿の13人」は、ついに源義高(市川染五郎)の悲劇的結末の会。また、頼朝の徹底した強敵つぶしに巻き込まれる形で、小四郎が武士として、後々の治世を行う者に向けて一皮むける過程も描かれる。
その後、研究のための評価用コードに少し手を入れる。方針を固めたので、あとは実装していくだけ。一度評価を回してみて、どういう結果になるか、早いとこやってみなければ。
2021年5月1日
昨日、4個入りのAirTagを購入したのだが、そのうちのひとつについてはセットアップしたのはいいが、あとの3つをどこかに忘れてしまったのに今日気づいた。喫茶店によってお茶したのでそこかと思って電話したらあったのでよかった。しかし、まさに忘れ物をしたというのに、登録していないAirTagは無力であった。
『ユニコーン企業のひみつ』を読んで「そんなに変わりないな。うちはけっこうやれてるのでは?」と思うのだとしたら、(たいていのユニコーンでない人々にとっては)論理的に考えれば「ではなぜうちはユニコーンじゃないのだ?」という疑問につながるはずで、そこからが考えどころだと思われた。Howをつきつめるのもだいじ。ただ、それだけじゃだめ。どっちも自分のやるべきことと思ってやっていく必要があろう。
昨年行われた藤井風さんの武道館ライブの様子がブルーレイディスクとしてソフト化された。ぜひとも観たいのだが、うちにはプレイヤも(パソコン用のディスプレイをのぞく)モニタもない。Kがエプソンのいい感じのプロジェクタを買うといっており、それならプレイヤも買ってHDMIでつないで観ることもできると思ったが、そのためだけに買うのもなあと迷う。でもまあ、この機会にクラシックのディスクを買い集めてもいいのかもしれない。
今日は入籍してからちょうど2年なので、夕方から食事へ。いつもお世話になっている焼き鳥屋さん。美味しい。しかし、僕のようなわがままというかマイペースというか、自分のしたいことしかしない人間と、Kもよく付き合ってくれているものだと思う。感謝である。
最新技術というわけではないにしても、トレンド的なところをもう少し継続的かつ広い範囲で追っていかないとと思って、Feedlyのフィードを整理して、毎晩日記を書く前あたりに眺めているところ。自分の興味・関心の度合いに当然依存するのでなかなか幅広くというわけにもいかないのだが。そういう観点で、WEB+DB PRESSやSoftware Designもあらためて毎号読もうと思って、定期購読するようにした。なんでもそうだが技術に関しても、ある程度幅のある情報が、強制的にとびこんでくる状態を作るのが効率的だと思う。
「macOS版「辞書 by 物書堂」をリリース」という記事が公式アカウントのツイートとして流れてきて、めちゃうれしい。つい最近も『大辞泉』を購入したのだが、Macでも使えるともっといいんだけどなあと、何度目かで思ったばかりだったのだった。これで、パソコンで作業しているときに、iPhoneやiPadに持ち帰ることなくそのまま辞書をひけるので、効率アップ。ありがたい限り。
2020年5月1日
今般の事態になってから時間の進みがとてもはやく感じる。また、そのこともあってコロナ以前の世界が、ほんの数ヶ月前のはずなのにずいぶん前のことのように感じられる。そういう感じを覚えるひとは多くいるようで、どういう機序なんだろうかと思っていたのだが、同僚が「どんな映画や本よりも流れる風景こそが時の流れを緩やかなスピードに戻す」という文章を書いていて、深く納得した。
つまり、外界の何気ない刺激が思いのほか重要で、そういう情報のない記憶は圧縮されてしまう。その結果、時間が速く流れるように感じると。認知科学的な裏付けはともかくとして、確かにそういうことはありそうに思える。一方で、しかしそれが常態化した世界において、ではいかにすれば適切な情報量を持った生活を送れるのだろうか?という問いに答えていく必要があると思う。外界的な情報量が本当に必要なのかどうかはわからないが、いまの生活では人生の密度がスカスカになっていく気がする(本当にそうなのかどうかはともかく)というのも多くの人にとって確かなことではあろう。
結婚記念日ということで、豊洲市場の大元商店から取り寄せたまぐろとウニを用いたちらし寿司などをKが作ってくれる(酢飯までは僕が作った)。ワインはチリのピノ・ノワール。つまみ食いしたマグロによく合う感じ。とはいえワインは食べる前に早々と飲み干してしまって、食事の際はシャンパーニュ(ジャクソン・キュヴェ・742)を開ける。ややトゥーマッチだったか。それでもまあ、もはやだいぶ酔っているので関係なく飲む。その後、会社のひとたちとオンライン飲みをしたり、その模様をYouTubeライブしたり、ライブにきていた人々と飲んだり。だいぶ飲み過ぎた……。
2019年5月1日
昼頃、区役所に婚姻届を提出。同じことを考えるひとはたくさんいるもので、30人ほどならんでいた。ともあれ、ひとまずは無事に受け付けてもらったようで、たぶんこのまま受理され、入籍ということになるだろうと思う。
銀座へ移動して、あれこれと買い物など。
食材を買って帰宅して、豚ロースソテーのりんごソース、野菜のオイル蒸しなどを作る。美味しい。エノテカで買ったシャトー・ヌフ・デュ・パプもよい。
2017年5月1日
福岡出張3日目。なんだかんだでこちらにいるうちにあれこれとやることがある。
終業後、「ひつじ家。」というお店で技術部のやっていき会。めちゃ美味かったー。その後、ホテルに戻ってフランス語学習の続き。
2016年5月1日
昨夜は遅くまで吉増剛造さんの自伝を読み、今日は起きてからずっと『Unix考古学』を読む。それぞれ扱っている内容は、詩人の来し方と、コンピュータに関する基盤技術の発展についての話なのだけれども、いずれも何らかについての歴史を述べたものだ。先のことを考えるにしても、まずは歴史を知らなくてはならない。
興が乗ってきたので、『アラン・ケイ』も読む。これは、日本オリジナルのアラン・ケイ論文集。彼の提唱してきたコンセプトについては知ってはいたが、それを本人による文章の形では読んだことがなかった。結果、早く読んでおけばよかった!という素晴らしさ。まあ、今読んだからこそ得られることもあるだろう。タイミングが重要。