7月25日の日記一覧
2024年7月25日
体調不良の上に、なぜか右手人差し指付け根に発作が……。服薬で数値はいいはずだし、水も飲んでいるのに。何年もなかったほどの大きな発作で、キーボードを打つこともできない。疲れからなのかなあ。それにしても厳しい。ロキソニンもほとんど効かない。
リモートで仕事。ミーティング等最小限だけやって、あとはだいたい休んでいた。きつい。痛みが酷いのはもちろん、体の怠さも現れる。当然、テンションはめちゃくちゃ低い。子の世話もほとんど妻にまかせきりで、ひたすらごろごろしていた。
毎月の通院で数値管理もしっかりやってるのにこうなると、もう本格的に減量するほかないよなあ。しかし、いまはそんなこともまともに考えられない。ただ痛みに耐えているだけである。足に出ていたら、間違いなく歩けない状況。まだマシではある。
疲れたつかれたいってるけど、別にたいしてなんかやってたわけでもなく、大部分は気疲れである。身体的には、普通の出張と変わらないのだから。ふだん、ストレスなくやれてるから気にならなかったけど、ストレスがかかるとてきめんにヤバいということがわかった。
根本的な対処、すなわち減量はやるとしても、できるだけストレスのかからない生き方をさらに徹底していかねばならない。今回のことで、こういう状況はマズいということがわかったので、まずは回避していくなり、だいじょうぶにしていくなりする。
2022年7月25日
昨晩は、日記を書いた後にエリック・ロメール監督の「美しき結婚」を観た。鬱陶しいといえば鬱陶しいのだけど、憎めない気もする感じの、主人公の言動。それにしても、「飛行士の妻」同様に、本当にしょうもない話だと思えるのだが、それがいいという気もする。
話し相手が何かいうのに対して、自分がそれをわざと曲解して相手がおかしなことをいっているように解釈して返す冗談をいうということを何度かやっていたら、相手が「不愉快だ」といって会話をやめてしまったという夢を見た。うつらうつらしながら、これはまさに昨日読んだ三木那由他『言葉の展望台』で述べられていた「意味の占有」(会話において、受け手が非対称な関係に基づき、意味の決定権を不当に独占してしまうこと)に対して、相手が非難を述べたということだなあと思った。そのおかげで、「意味の占有」というアイディアをよく理解できた。夢に事例が現れて教えられるなんて、不思議なことである。
坐骨神経痛的な腰回りの痺れは、朝はまだ残っていたのだが、気づくと昼過ぎにはほとんど感じられなくなっていた。少しだけ違和感がないわけではないが、ほぼ治ったように思える。ちょうど1年前(2021年7月30日)にも坐骨神経痛的な痛みがあると書いていた。季節的な要因なのだろうか?この時も数日経ったら痺れが引いた記憶がある。
あれこれやらないとなあと思いつつも、筋肉痛で体がだるくてやる気が出ない。少しKと話しながらごろごろしたりしていたのだが、起き出して写真の整理をしたり、『いま学ぶ アイヌ民族の歴史』をアイヌの成立のあたりまで読んだりした。
2021年7月25日
朝、まだ首の右後ろの痛みがあり、そのせいで弱い頭痛もする。ロキソニンを服用。3度寝ぐらいした気がする。昨夜が遅かったのもあって、11時頃起床。メールをチェックしたら、ElixirConf 2021の採択通知が来ていた。思いのほか早かったなあ。ありがたし。良い発表になるようにがんばろう。
昼食を食べながら、Kが観ているオリンピックのスケボー競技の様子を見る。スケボーが正式種目になったなんて知らなかった。日本の方が金メダルを取っていて、すごいなあ。今回から正式種目になった競技でいうと、クライミングは見てみたい。
お茶しながら、金子隆一『日本は写真集の国である』の続きを読む。Kに見せたら「金子先生はつい先日亡くなった」というので、とても驚く。6月30日にお亡くなりになったとのこと。本書が遺作となってしまった。日本の写真史への目配りをきかせつつ、現在の写真へのアクチュアルな批評精神に満ちた本である。その後、POSTへ出向いて花代さんの展示を眺める。最近作からのプリント。すごくいい。こんな風に写真を撮っていいんだな、と勇気づけられる感じがする。『花代の世界』を買う。
ロキソニンを飲んでも痛みが引かないので実装の続きに移る気にもなれず、ベッドでごろごろしながら、買ってきた花代本を読む。花代さんについては、90年代前半に芸妓をしながら多様な文化的活動をしていた人だが、最近のことはたまに写真集が出る以外はあまり知らないという感じだった。若い頃の『東京トンガリキッズ』のモデルになったあたりの活動とか、90年代後半にドイツに渡ってクリストフ・シュリゲンズィーフの作品に出たりしていたこととか、知らないことだらけでめちゃくちゃ面白い。精力的な活動ぶりに、非常に驚かされた。
研究の実装の続きに取り掛かる。昨晩の続き。技術検証は終えたので、その知見を適用する。またやっぱり少しハマったりはしたものの、やりたいことがわりとあっさりできたのでよかった。落とし穴にはまりまくった、というか、自分の浅慮のせいで問題があれこれと出てきて困ったのだが、結果的にはそれはそれでもっといい方向に持っていける感じになったのかも。まあ、まだ論文書けてないからわからないけど。それにしても、この4連休はずっと体調が悪くてしんどかったなあ。
2020年7月25日
今日も朝から授業動画の視聴と感想レポート書き。9時20分から14時ごろまでやって、あと一本というところまできたので、ひとやすみして出かける。
落合陽一さんの個展「落合陽一展 未知への追憶」を観るために渋谷へ。落合さんの個展は、一昨年だったかに竹芝で観た時以来かな。過去作も含め、改装中のビルの雰囲気と渋谷性をうまく活かした展示で、とてもかっこよい。写真については、なんかどんどん先鋭化していくのだなあという感じがする。それはともかく、YouTubeでやってる動画連載の映像の質と音楽の雰囲気がよくて、どっちかというと動画の方がよりご本人の表現にあっているような気もする。
その後、すこしお茶した後、西武で夕食のための食材を購入して帰宅。夕食を作って食べた後、授業動画視聴の続き。とりあえず今日までに課された視聴は終わり、まだ締め切りは先のレポート提出も終えたので、あとは明日のグループワークをやるだけだ。なんか出さなきゃならないものが残っているとそれだけでストレスなのだよなあ。やらなきゃならないというのもあるし、なかなかやる気がでないときもあってそれもいやだし、締め切りを忘れちゃうかもと思うのもやだ。
その後、「情報処理 2020年8月号」を眺める。話題のプログラミング教育のところについてはそんなに面白いとは思えず、むしろ中高生情報学研究コンテストの紹介がされていたのだが、そのレベルの高さに驚いた。2月に、鹿児島キッズプログラミングコンテストというイベントで審査委員みたいなのをした時にも小学生の作品のレベルに驚愕したのだったが、こうやってどんどん素晴らしい人々が出てくるんだなあ。ちゃんと環境を作ってあげたら、どんどん育っていく。大人の方がむしろもっともっと勉強するべきだろう。
2019年7月25日
夜は恵比寿のEBISU SHOW ROOMというイベントスペース(?)でCTO会。そのあたりもちょっとやっていく感じの話になってきた。
2018年7月25日
『構想力の方法論』の続きを読む。なんというか、よくもまあこんだけあれこれ書けるよなあと感心してしまう。これ自体が「構想力」なのかもしれない……。というのはさておき、もうちょっとあれこれ考えてみないとなあ。想像力、主観力、実践力でいうと、まず主観力を深める必要があると感じる。
以前読んだ『目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書)』が面白かった著者の新刊『どもる体 (シリーズ ケアをひらく)』を読む。のっけから知らないことばかりで、読書の楽しみって感じ。『淋しいのはアンタだけじゃない』のような、単純に、自分の知らないことに対する知識を得ることで共感できるようになれるという利点がある。
2017年7月25日
夜になると仕事も落ち着くので、その後、会社においてある懸垂マシーンで懸垂しつつ、コードを書くという流れができつつある。金曜日に部内の技術勉強会で話すことになったので、そのための準備。と思ってたけど、方針を変更して新たにコードを書くことにした。帰宅してから、ビールを飲みつつ久々に朝までコード書き。楽しいな〜。
2016年7月25日
終業後、部の飲み会。例によって、わいわい。
事業は難しいなあとあらためて思う。こればかりは、どうしたらいいのかかなり悩む。