20247月30

出張や体調不良をはさんでの久々の出社。あれこれ話が早くてよい。どんどんせっかちになって堪え性がなくなるのをなんとかしたい気もするが、かといってそれがただなくなるだけだと進みが遅くなるだけである。質を高めつつも、最速でいきたい。

家族や健康が大事みたいなことはよくいわれるが、そんなことはあたりまえである。カオスに区切りをつけるためにそういうならいいけど、やるべきことをできてないいいわけにするのは、自分では回避したい。自覚するのも難しかろう。ならば、いわなければよい。

そういう「終極の語彙=terminal vocaburary」を用いるのは、思考停止と変わらないことになりがちである。人間は長期的には死ぬのだからあらゆる問題はどうでもいいみたいなことだっていえるが、なんの意味もない。反証不能なオカルトと同じである。

ある種の制約としてそうした終極を置いたうえで、ではその中でしか生きられない中でどこまでやれるのか、そういうことを考えるのは良いことだろうと思われる。ただまあ、これまでそういうことがかえりみられなかった反動としてそういうのはあるだろう。

なにかしら終極を設定して安心するというのは、ローティ的にいえば哲学においてだってそうなのだから、思考一般の傾向ではある。一方で、終極すら底が抜けてしまうという昨今の状況もあり、適切な終極を設定することのだいじさというのもあろうとは思う。

20227月30

昨夜は、日記を書いた後、成田美名子『花よりも花の如く』(既刊20巻)をKindleで購入して読んでいた。気づいたら明け方。それから12時過ぎまで寝て、起きた後はさらに『花よりも〜』の続き。能楽師の成長話。能の演目に絡めながら人間ドラマを描く、少し長めのエピソードで構成されている。それ自体もいいのだが、単純にストーリーの出来が素晴らしくて、1話読むたびに感嘆を覚える。

散歩に出る。お茶しながら、会田誠『性と芸術』の続きを読み、読了。「犬」の話は半分過ぎで終わり、後半は別の連載エッセイの収録。こちらも性的な事柄にまつわる話。前半の話と関連するところも多くあり、これらふたつで自作解説ということで併載しているのだろう。アーティストとしての批評性と、それだけではない割り切れなさを表現しようというアティテュードはよかった。後半の話では、生物学的な差にジェンダー問題を還元しかねない話も少しあり、そこだけ余計なんじゃないかと思ったが。

ジムへ。AirPodsを忘れてしまったので、ジョギングはなし。肩周りを中心にやった後、レッグプレスもやる。すると、右膝がやや痛む。ジョギングでのダメージなのかなあ。負荷を70kg程度におさえて、回数を増やすようにした。その後はストレッチ。主に股関節まわり。かなり固くてほぐすのに苦労したが、あれこれやってるとだんだん動くようになっていく。今日は少しやり方を変えてみたら、可動域が少しだけ広がったように思えた。ちょっとずつでも進歩があるとうれしいものだ。

帰宅して、さらに『花よりも〜』の続き。その後、夕食をとりつつ、「にっぽんの芸能」の「坂東彌十郎と見る「鎌倉殿」と歌舞伎」を観る。「鎌倉殿の13人」は歌舞伎役者がたくさん出ているが、その話だけでなく、北条時政や梶原景時など、演目によってキャラクタが違う登場人物についての話や、もちろん曽我兄弟の話など、歌舞伎とのつながりについての解説も多くあり、とてもいい。また、彌十郎さんが何かの演目の梶原景時をやる上で、他の演目のキャラ設定を気にするかと問われ、それぞれ別の話なので全く気にしないと答えていたのが印象的だった。

小長谷有紀『ウメサオタダオが語る、梅棹忠夫:アーカイブズの山を登る』の続きを読み、読了。梅棹忠夫については継続的に興味を持ちつつ、たまに思い出して読んだりするぐらいなのだが、今回は、数ヶ月前に読んでいた山崎正和的な文脈(戦後の大物知識人的な意味で)で気にかかっているところ。現代ではもはやそういう関係はありそうもない。ともあれ、梅棹の巨大さにあらためて感嘆するばかりである。

Kがずっとフジロックフェスティバルの中継を観ていたのだが、22時からコーネリアスの復活ライブということで、一緒にみる。Mic Checkから始まり、メドレーのようにして曲をつなげていくオープニングから、心奪われる。映像もとてもいいし、METAFIVEの「環境と心理」をやるという驚きもあったり、ひたすらカッコよくてとてもいいライブだったなあ。最後に、サングラスを外して挨拶していたのもグッときた。

20217月30

昨晩早めに寝たからか、今朝は幾分かはマシな感じ。ただ、2回ぐらいトイレに立ったので、その分眠りが浅くて、睡眠時間の割には寝足りない感じ。でも昨日まであったような怠さはない。なぜか腰回りが坐骨神経痛みたいな感じになっていて、不穏。昨晩、寝る前の数時間、ベッドでごろごろしながら本を読んでいたからか。

朝30分の研究タイムから始まって、ひたすら1 on 1をする。楽しい時間(相手にとってもそうであってほしいが……)。

夕方以降は時間ができたので、研究の続き。PlantUMLでシーケンス図を描いたり、論文のタイトルや構造を考えたりなど。同僚による「構造を意識した抜け漏れがなく主張点が明確な論文執筆 · THINKING MEGANE」というエントリをあらためて活用し、書こうとしていることを構造化してみたのだが、やっぱり抜け漏れが色々あったり、まだ説明をちゃんとできないなというところがあったりして、助かった。明日からバシバシ書いていく。

夕食を作る。冷蔵庫にあるもので適当に。豚肉のソテーのセロリ・トマト・きゅうりのソース、茹でた枝豆の混ぜ込みご飯、キャベツの浅漬け。うーん、いまいち味がちゃんと決まらなかった。というか、きゅうりは余分だったなあ。料理の詰めが甘い傾向にある昨今。

夜になっても坐骨神経痛的な痛みは引かない。鬱陶しいのでロキソニンを飲んだ。今日は構造化もできたし、あとは書くだけという感じだから、研究はよして早めに寝る。その前に、『ピダハン』の続きを読む。エヴェレットさんの『言語の起源』のAmazonレビューを見たら、池内正幸『ひとのことばの起源と進化』にピダハンについての話があるということで、そちらも買ってみた。生成文法について通りいっぺんのことしか知らないので、そちらも学んでみたい。

20197月30

CTO関連で取材を受ける。記事になるのが楽しみだ。

会社で競技プログラミング熱が再燃しているので、僕もやってみようってんで、まずはAtCoder Beginners Selectionをやる。しばらく前に、興が乗って酒を飲みながら8問目まで解いていたので、今日は残り2問を解いた。その後、直近のコンテスト(AtCoder Beginner Contest)を軽く眺めたところ、全然解けそうにないので、どうしたものか……とうなる。

先日、高菜チャーハンを作ったのだが、もうちょっといい感じに作れるはずと思って、再度作成を試みる。が、米がもうないことに気づき、ピンチ。しかたないので、ファミマでインスタントのご飯を買う。最近のはかなりうまくなっているようで、そんなに悪くはない感じ。

20187月30

情報処理安全確保支援士の登録のための書類をようやく郵送した。必要な書類を集めるために役所にいくといちいちイライラさせられて、精神衛生上よくなかった。しかしまあ、ああいう変わらなさというか、非効率・非生産的なやり方が社会の大きなところに残り続けるというのも、それはそれでなんかしらの社会思想的な意義があるのかもしれないとも思える。効率性・生産性一辺倒に対するアンチテーゼというか。だいぶ無理やりなポジティブ感だが。

思弁的実在論と現代について: 千葉雅也対談集』を読む。自分自身の最近の関心に対しても、示唆がとても多い。

20177月30

起きて、『医療者が語る答えなき世界: 「いのちの守り人」の人類学 (ちくま新書1261)』を読む。「呪術」とかいっちゃうところが不要に文化人類学という感じで鼻白むのだが、ここであげられているような患者目線というのはこれからもっと大事になっていくと思う。

昼食は、久々に和利道。さらに、『霊長類 消えゆく森の番人 (岩波新書)』を読む。霊長類そのものはともかくとして、エコツーリズムを推進する人々と、森林や鉱物資源をとりまく人々など、アフリカ、東南アジアの経済に興味を抱く。

しばし昼寝。のつもりが、20時過ぎまで寝てしまう。

ビールを飲みつつ『自民党―「一強」の実像 (中公新書)』を読み始める。のっけから派閥について説明があるのだが、自分がなんとなくしか理解してないのに驚く。読み進めるの楽しみ。

本を読むのに飽きてきたので、さらにビールを飲みつつコードを書き始める。楽しい。

20167月30

昨日の飲み会で小倉昌男の話が出たこともあり、Kindle化されていた『小倉昌男 祈りと経営: ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの』を読む。小倉が福祉事業を始めたきっかけみたいな感じで、読む前はスルーでいいかなと思っていたのだが、非常に面白かった。

続けて、ルノアールに場所を変えてSite Reliability Engineering: How Google Runs Production Systemsの続き。こちらもすごく面白い。仕事にもおおいに示唆がある。ひと通り読んでみよう。

渋谷のTOHOシネマズで「シン・ゴジラ」。映像すごい、音楽すごい、役者もいい。しかし……(省略)。楽しめたのは間違いないけど。