8月2日の日記一覧
2024年8月2日
子は両親がパソコンで作業しているのをよく見ていることもあってか、iPadよりもキーボードとマウスに執心している。思いついて、余っているMac用のキーボードをあげたら、これまで見たことがないぐらいにうれしそうな表情をして喜び、パチパチ打鍵していた。
この2週間、発熱やらなにやらで子は保育園にいけておらず、テンションも低かった。久々に満面の笑みを見て、こちらもうれしくなった。できるだけ多く、そういうことが起こるようにしたいものだと思う。また、そのことに自分の楽しみをアジャストできればとも思う。
子がかわいいのはもちろんなのだが、それと自分の楽しみなりやるべきことなりを追求することとは独立していて、いまのところあまり関係がない。もちろん家のことをおろそかにはしないが、自分のことと家のことが大きく重なり合っている感じはしない。
人々の話だと、もっと自分のことを「犠牲」にして子に尽くすみたいな感じのように思えるし、それそれで尊いようにも思うけど、自分はそういう気持ちにはなっていない。また、なるべきなのかどうかもわからない。子育てをしてみての実感である。
もちろん、十分にやれてるわけでもなく、また、妻に負担が過剰にかかっているということはあろう。あらためねばならない。また、自分の楽しみを子との関わりにオーバーラップさせられる枠組みがあるなら、その方がいいだろうとも思う。探索を続ける日々である。
2022年8月2日
9時には起きたいと思いつつ、寝るのが3時過ぎてしまうのでなかなか起きられないという日々が続く。早く寝ればいいのだが。昨晩も『花よりも花の如く』の続きを読んで遅くまで起きていた。今日は在宅ワーク。ミーティング1on1、CTO協会仕事など。
ジムで運動。土曜日にレッグプレスをやったのがまだ効いていて、筋肉痛が残っている。肩、腕、胸まわりをやる。あんまりガッツリやり過ぎて筋肉痛が酷くなり過ぎるのもイヤなので、あまり追い込まない感じで。それでも、やるたびに少しずつ力がついている感じがする。様子を見つつ、ジョギング。10分ほどで膝がやや痛む。少し歩いて休んだ後、再開。結局20分ちょっとで終わり。もうちょっとかな。その後は、開脚ストレッチ。
梅棹忠夫『行為と妄想 わたしの履歴書』を読む。数ヶ月前に山崎正和関連の本をいくつか読んだのだが、梅棹についても似たような関心から。こういう巨大としか形容のしようのない大人物の活動に触れると、圧倒されるなあ。自分の小ささに改めて嘆息する。山崎にしても梅棹にしても、単純にメチャクチャに頭がいいというのはあるのだが、実際的な性格と、大勢の人々と仕事を進めていくスタイルが共通している。梅棹は、学術界の渋沢栄一と呼ぶべき、プロジェクトの立ち上げぶりである。
そんなわけで遅くなってしまったのだが、少しだけでもやろうとリスニングの稽古。やり始めるとけっこう乗ってくる。Part1、2はそんなに間違うことはないのだが、3、4はやっぱり難しいなあ。聞き取りがちゃんとできてないのもあるし、ワーキングメモリに内容が全然乗らない。訓練して慣れていくしかない。こういうのは、時間とって集中して長時間やることで、開けてくるんじゃないかという気もする。
最近、なんか文章を書こうとしていて、表現がすんなり出てこないという感じがする。日記を書いている時も、どう表現すればいいのかとか、言い回しが出てこなかったりとかする感じが少しある。睡眠不足で頭が回ってないだけかもだけど。
2021年8月2日
朝30分の研究タイムは、昨日の続きで論文書き。図表を修正したりなど。その後はずっとミーティング続き。途中、渋谷に出社。今日はあんまり暑くなくていい感じ。ミーティングが終わったあと、メディアの取材対応。エンジニアリング組織だとか今後取り組んでいきたい技術であるとかについて。あちこちで同じような話をしているのだが、同じ事ばかりいうのもつまらないので、今回はちょっとエモい感じも出してみたりした。文面にいい感じに反映されるといいなあ。
帰り道、久々にはなまるうどん。そこが久々というのもあるし、そもそも外食自体をほとんどすることがなくなったというのもある。昼はだいたいコンビニで弁当を買ったのを食べているし、夜は家で食べている。それはそれで健康的でよい(昨今はコンビニのレベルもずいぶん上がっていて、外食するよりコンビニ弁当ばかり食べる方が金銭的にも健康的にもよいと思う)。
帰宅して、さっそく論文書きの続き。まず比較的書きやすい提案手法の章からやろうということで取り掛かったのだが、図をあらかじめ作ってあったのもあって、週末にイントロを書くのに苦しんでいたことに比べれば、相対的にすいすい書ける。半分ほど書いたところでいったん小休憩した後、後半も書く。気づいたら1時半になっていたが、その章を一通りざっくりと書き出すことができた。しかし、8ページの制約があるところ、まだ2、4、5章が残っているのに1ページ半しか残りページ数がない……。明らかに足りない。でもまあ、まずは書き切ってから調整をかけることにしよう。初稿を書き上げるのが先だ。
論文をやりながら、合間に昨日から読み始めた池内正幸『ひとのことばの起源と進化』を読む。めちゃくちゃ面白くてどんどん読み進む。最初の1/3において言語学の基本を紹介しながら、人間の言語における階層的句構造と再帰的な性質を本質かつ共通のものと指摘し、それこそが普遍文法なのであるとする。そこから言葉の起源と進化に入っていき、アフリカで生まれたホモ・サピエンスの小集団において上記のような性質があったからこそ、普遍文法が存在するのだという話につながっていく。また、そうした構造がどのようにして生まれたかということについては、所有の観念が結果する階層的・再帰的構造によるという仮説は、非常に興味深い。ともかく面白い。
2020年8月2日
今日は、海を眺めに生きつつ竹芝に新しくできた「ウォーターズ竹芝」を観てみようってんで竹芝まで。レストランやイベント施設など、まだ開業していないところも多く、まだ微妙な感じでは合ったが、船着き場があって、松本零士さんがデザインしたヒミコが発着したりしていてよかったなあ。他に2艘ほど停泊していた。浜離宮恩賜庭園を望む大階段や広場は、良い感じかも。和風カフェみたいなとこで昼食をとったのち、しばしお茶したりなど。
帰宅して、このところ寝入りばなに読んでいた『情報生産者になる (ちくま新書)』の続きを読む。上野千鶴子さんによる、社会科学系の研究指南。ゼミや、生涯学習的な講座での内容をまとめたもので、研究への入門としてよい本のように思える。情報科学とはメソッドがだいぶ異なりはするのだが、共通するところも多い。面白く読んでいる。
撮ってきた写真をGoogleフォトにアップロードしたり、何枚か現像したりなど。
しかしつくづく思うのは、写真を撮っている時は画面全体の構成(コンポジション)みたいなのばかり気にしているし、よいと思う写真もそういうものが多い。一方で、真逆のタイプとしては、極端にはクローズアップで被写体をビビッドに捉えるものみたいなスタイルがあるが、そういうのもいいなあとも思うけど、自分ではあんまり撮れない。視点の独自さよりも、画面全体の作り方(視座・視野)のほうが気になるのであった。そういうのは、僕の考え方の癖とまるで同じだと思う。一般論としては別にいいも悪いもないが、視点の方も訓練する必要があろうとも思う。
夕食は、鶏もも肉を自家製三杯酢で味付けして炒めたものとしらす丼を作って食べる。何か観ようとNHKプラスをつけたら、久志芙沙子の特集が出てきたので観る。このひとのことは全然知らなかったのだが、先日読んだ『「世界文学」はつくられる: 1827-2020』の最後の方で出てきていて、気になっていたのだった。「世界文学」というものが「つくられる」ものであるとはいえ、ほとんど作品のない無名の作家を「世界文学」のアンソロジーにおいて日本の作家として取り上げられる数人のうちのひとりとして取り上げるのは「つくり過ぎ」ではないかと思ったりしたのだが、それはさておき、30分の短い番組ではあったもののその生涯は興味深いものであった。娘の証言によると、断筆後も原稿用紙に何か書いていたというので、他にも作品が残っているのかもしれない。
さらに、先月国立にできた聴覚障害者が従業員の8割を占めるというスタバの特集も観る。企業がこうやって、様々な立場の人々が働けるような環境を用意し、そのことで人々のつながりが生まれていくというのはとてもよいことだろうと思う。ところで、インターネットサービス業界は、他の業界に比べて相対的に聴覚障害者への敷居が低いように思ったりもしたのだが、そのあたりの実態がどうなっているのか知らないので、気になったりした。学ぶことも業務も、最近だと特にリモートワークになったこともあるし、もっとやりやすくなっているのではないだろうか。
論文管理ソフトのPaperpileのiOS版が出たので、Mendeleyから移行してみようかと思って、試しているところ。
2019年8月2日
あれこれおしゃべりなどして東京に戻る。夜は、恵比寿でまだいってなかったシーシャ屋2件をハシゴ。
2018年8月2日
夜は、神泉のうに小屋。うにをたくさん食べた。帰宅して、『症例でわかる精神病理学』を読む。
2017年8月2日
夜は会社のイベント。あれこれおしゃべりする。帰宅して、「[まとめ買い] 範馬刃牙(少年チャンピオン・コミックス)」を読む。
2016年8月2日
最近は社外の人々とこれまでよりは積極的に話をするようにしているのだけど(それでも全然だが……)、自分の能力や経験値がずいぶん低いのではないか?と思うことが多い。具体的にどういうところが?というのは一応考えてはいるのだけど、どうやって解決していくかは悩ましいところだ。
昨日飲んでいる時に「仕事上で悩んでることとかないんですか?」と訊かれて「悩んでいることはないです。課題はたくさんあります」といったが、「仕事」というのをいまやるべきことととらえたらその通り。一方で、もうちょっと違うところではどうしたものか、ということはたくさんある。