2024年3月18日
昨晩流れてきた動画に、両親の関係のよしあしが子に与える影響みたいな話があり、それ自体は自明なことなわけだか、子供の前で母親のよいところをほめるみたいなことをすることで関係の良さを示しつつ母親への気持ちを涵養できるというのがあり、意識的にやることにした。
昨日、フィードリーダーにあれこれとフィードを追加した。Feedlyには似たフィードを提案してくれる機能があるので、既存の登録フィードと似てるもののうち、よさそうなのを登録していく。けっこうたくさんのフィードが新たにチェック対象になった。
ほっとくと自分のいまの好みに対する慣性が働いて新しいことに触れなくなってしまうので、いまはあまり興味のないことでも、なにかしら強制的に触れられるようにしたいと思う。前は新書の新刊を各レーベルの出た分を買って読んでたが、さすがにもう無理なので。
ただ、ニュースみたいなのは結局は単なる「情報」に過ぎず、いくらたくさん読んだってしかたがないものではある。やるべきは、個人でも会社であっても、何かを作り出すということなのだから。そこの目的を忘れないようにしていきたい、という当たり前を思う。
そういうのはまあ表向きというか、そんな話であって、もうちょっというと、古いパラダイムにまるで疑問を持たずにのうのうとしてるみたいな人間になるのが恐ろしいのである。もうそうなってる面はたくさんあるにしても、悪化を引き伸ばしたい。
そういうのって年齢の問題ではあまりなくて、人それぞれの「器量」の問題なんだろうと思う。それが小さければ、若いうちにいっぱいいっぱいになって、それ以上変化できなくなる。時間の経過にしたがってたまっていくから年齢に関連してるように思えるが、実際は関係ない。
器量とは、生まれながらの能力に基づくところもだいぶ大きいとは思うけど、そんなこといってもどうしようもないので、後天的に努力して大きくできることに賭けてやっていくしかない。だから、たとえば上に述べたようなことを続けていくのである。