2024年4月3日

この頃は、ジムで運動しながらジャズギタリストの方々の動画を観ていることが多い。音楽理論についての理解も少しずつ進んできた。一方で、ジャズギターのコードの基本的な押さえ方というのが難しすぎて、全然できるようになる気がしない。ひたすらやるしかないか。

ウォーキング/ジョギングやストレッチをしながら、興味のあるないようについての知識を学べる動画を見放題な時間が取れるという組み合わせにしたところ、ジムに通うこともいまのところは続いている。軽い運動なら気分も良いし、知的感心を満たす動画も観られるし、という感じ。

そうやって自分をモチベートする、継続のためにアンカリングするみたいなのは、自分を制御する技術としてだいじなことだろうと思う。もっといいのは、単純に面白いから続けられるということなんだろうけど。そのためにはさらに困難な技術的達成を要するだろう。

すなわち、やるべきことに対して自分の関心を一致させられれば、自分をモチベートするまでもなく内発的にやれるようになる。そのためには、自分が興味を持ち得る範囲を広げられるよう、柔軟性を身につける必要があろうし、身体と同じで日々のストレッチがだいじだろう。

一方で、関心の一致を自動化させすぎてしまうと、それはそれで状況に対して無批判に追従するだけにもなってしまう。一定程度はそうしておくほうがいい場合もあるわけだが(儀礼的に)、なんでもかんでもそうであればいいわけでもない。適切に行動できなくなってしまう。

いずれにせよ、どっちにしたって自分の関心をそれなりにコントロールできるようにするというのは、いい塩梅に自動化させておけるために必要なことである。その塩梅がどの程度なのかというのが個性であり、限界ということにもなるだろう。