2024年7月13日
21_21へ「未来のかけら」展を観にいく。素晴らしい展示。サイエンスとアートやデザインというところで、子供の頃に坂根厳夫氏の本を読んでいたことを思いだす。今年、94歳で亡くなられたとのこと。ある種のルーツを思い出させられた機会であった。
とてもいいなあ、こういうことがやりたかったなあと思う一方で、ものさびしい気持ちもした。そもそも、もはやこういうことをやれないというのと、かつてやったとしても決して満足はできなかっただろうといったことを思う。いずれにせよ、いまと変わらないだろう。
別につまらないということはなくて、かなり楽しくやれてる方だろうとは思うけれども、まったく満足はしていないし、常に飽きている。ただ、それよりもはやく、新しいおもちゃがでてくる。だから続いている。何をやっても、その構造は変わらないだろう。
とか書いていて思ったのだが、そういうアイロニー的なところが強いのはなんなんだろうか。もっとヒューモアによってその構造自体を破砕するということだって可能なはずなのに。その構造を温存することが、自分にとってメリットのあることなのかもしれない。
ソフトウェアサービスをやっていると、物理的なものの面白さを感じたりもするのだが、逆もきっとそうで、ソフトウェアの自由さをうらやましく思ったりすることがあるんだろう。ないものねだりなだけで、他方にいったらいったでまた同じこと。そんなものだろう。