2024年8月18日
思い立って、家のメインのコンピューティング環境をMacBook Proに変更した。博論を書く上で、常に保持しているマシンをメインで常用する方がよかろうと思ってのことである。配線などあれこれ変更して、家でも外でもいい感じに使えるようにした。
その過程でオーディオインタフェイスを取り外してUSBケーブルからの直付けにしたり、不要なデバイスを整理したりしていたのだが、これまでどれだけ買ったけど不要になってしまった、あるいは、使わずに終わってしまったものがあるだろうかと思って、げんなりする。
というか、ガジェット類だけでなく、書籍だってそうだろう。これまで大量に買ったが、読まずにそのままになっている、あるいは、処分した本がどれだけあっただろうか。そして今日もそれを増やすことになるだろう行為、すなわち書籍を買うことをしていたのである。
そういう「無駄な」買い物は、どれぐらいなのか見当もつかないが、田舎なら家が立つぐらいではありそう。それでも買わずにいられないわけである。家にゴミをためこんでしまう人がいるが、そういう人の気持ちがよくわかる。わかっててもやめられないのである。
しかし、もし自分が「節約」するような人間だったら、自分は今こうしてあるようなことにはなっていなかっただろう。というか、そういう自分を想像すらできない。物欲があるのかといわれたら、それはない。欲とは違う、ほとんど必然性としかいいようのない逃れ難さ。