2024年8月3日

日中ずっと子と留守番しつつ遊ぶ。昨日あげたキーボードとマウスをキャスター付きゴミ箱のふたの上にそろえておいて、作業台のようにしたらとても喜んで遊んでいた。仕事をしているつもりになってるみたい。このところできることや発話が飛躍的に増えている。

子が寝てる間に『バトラー入門』を読む。バトラーの思想の「源」となった前史からわかりやすく紹介する、良い本だと思われた。抑圧的なフレームに無自覚なために性急に判断しがちな傾向に対する前向きな諌めとなるだろう本書物。折に触れて思い返すだろう。

とはいえ、自分の立ち位置からすると、普通には社会的な立場のある異性愛のシス男性という、典型的に抑圧的な立場ではある。それ自体を変えることはできないが、自覚的にふるまうことはできるだろうし、そうあるべきだろうと思う。そこには異論はない。

インターセクショナリティについて紹介されていたのであらためて考えてみると、その観点からは自分にとってもある種のマイノリティ性はきっとあろう。ただ、上述のような立場の者がそのように使うのは、概念の濫用でもあるだろうとも思う。

じゃあどうしたらいいのかというと、別にどうする必要もなくて、自分の立ち位置やジェンダー秩序にできるだけ意識的になって、世の中をよりよくする方向に進むだろう言動をおこなえばよい。ただそれだけのことである。ごくあたりまえのことだが、困難なことでもある。