2024年9月8日

朝食をとった後,また眠る.昼ごろ起き出して,河原町二条の宿から四条烏丸まで散歩してから,京都駅へ.お土産にお菓子などを買う.新幹線で,昨日から読んでいた四方田犬彦『人、中年に到る』を読了.子を寝かしつけた後,届いていた『記号創発システム論』を読み始める.

京都では,家族とご飯を食べた以外は,少し散歩したぐらいでほとんどなにもしていなかった.宿で寝たり,本を読んだりしていたぐらいである.一人で無為に過ごす時間を取れたのはよかっただろう.歩き回ったり本を読んだりしながら,いろいろと考えごとをしたりしていた.

端的にいうと,もっとちゃんとしようという気持ちになった.家族のこともそうだし,自分の活動についてもそうである.本質的でないことばかりにとらわれて生きているわけだが,時間をもっと有効に使うようにしようみたいな,そういう何の変哲もないことを思う.

では具体的にどうするのかといえば,これまでと特に何も変わらない気はする.ただ,本質的なことにできるだけ取り組むようにしようと思っていれば,そうでないことをしている時に,これは本質的なことなのか?と自分に問うことができる.それは大きな違いである.

お盆を過ぎると,まだ暑さは続いているにも関わらず,秋への傾きを感じる.モメンタムが逆転すると,現時点がどうであるかではなく,変化した未来が現在の感覚に織り込まれるようになる.人生のモメンタムも同じようなことであろう.それとどう付き合うのかということである.